末永い「幸せ」は、ささやかなことを “ 小出し ” にすること

末永い「幸せ」は、ささやかなことを “ 小出し ” にすること

呼吸は浅いよりも深い方がいい。

深くゆっくりと息をしていれば、リラックス時にはたらく「副交感神経」がスムーズに動き、ホルモンの分泌や免疫のはたらきが正常になるといわれています。

つまり、呼吸と自律神経は深い関係にありまして、ストレスを解消したり、血液の循環を良くしたりなど、多くのメリットがあるとききます。

たとえば、「ヨガ」の呼吸方法は、ゆっくり長く息を吸って、ゆっくり長く息を吐くことで自律神経を安定させて心身のバランスを整える腹式呼吸をするそうです。

ヨガはやったこともないし、正しい腹式呼吸をちゃんと習ったこともないのですが、ほぼ誰でも簡単に効果的な腹式呼吸をしている瞬間があります。

いつだと思いますか?あなたは入浴は「シャワー派」ですか、それとも「湯船につかる派」ですか?

仮にシャワーだけですませてるって方も、温泉旅行や銭湯にいったときは、さすがにシャワーオンリーではなく、湯船につかるでしょう。

湯船につかった瞬間、「あぁ~」とは「ふう~」とか「はふぅ〜」とか声に出してしまう、よね?

「あ~サイコー」って声にだしてしまうほどの快感が全身にほとばしり、こんな幸せあるのかってくらいに思える瞬間だったりしません?

じつは、この「あぁ〜」と声に出すのは、息を長く吐く腹式呼吸と同じ効果があり(しかも正しい)、溜まったストレスを吐き出して心身をリラックスさせているのです。

おもわず声を出してしまうのは、なんだか「おっさんくさい」と思われがちですが、そんなことはどーでもよくて、どうぞ遠慮なしに「あー」でも「ふー」でも「はー」でも声をだして、リラックスしたほうがいいというもの。

声の出し方でも、熱めの湯に浸かった時には「あぁ〜」とお腹の底から声が出ますが、少しぬるめの湯に浸かる時には溜息のような「ふぅ〜」という声を出していませんか?

これは「湯船の温度」に関係があり、自分の体温とお湯の温度の差が大きい時は、瞬間的に筋肉が緊張するためお腹の底から「あぁ〜」と声が出てしまう。

逆に体温と湯温の差が小さい時は、心臓に負担もかからず副交感神経が刺激されてリラックスするため、溜息に近い「ふぅ〜」と言ってしまうのです。

さて、湯船につかった時の「あ~」って声をだす理由についてだらだらと語ってしまいましたが、ほんと、なんてことない、ささやかな「幸せの瞬間」です。

今回は、このような「ささやかではあるが、日常の小さな幸せを感じる時」をテーマにしてみたいと思います。

そして、この「小さな幸せ」を小出しに感じることこそが「大きな末永い幸せ」を』掴む方法だったりするのです。

日常のささいなことが一番の「サイコー」

さて、なにげない毎日の暮らし。あいかわらず代わり映えのない日常。

仕事は忙しいし、人間関係とかお金の問題とか、子供の事とか、いろんなことに悩まされっぱなしで「幸せ」なんてどこ吹く風って人も多いでしょう。

ですか、そんな「いかにもって幸せ」を感じにくい普段の生活の中でも、「ちょっとしたささやかな幸せ」を感じるときってあるはずです。

たとえば、風呂上りのビールの一口目とか、布団に入った瞬間とか、夜中に目を覚まして時計を見て「あと~時間寝られる」と思った時とか、食後のコーヒータイムなどなど、「これこれ、これがサイコーなんだよな~」っていう自分だけの小さな幸せ。人それぞれいろんなことがあり、いくらでもありそうです。

あなたにとっての「ささやかな幸せ」は何ですか?だれにでも必ずいつくかあるはずです。

決して贅沢ではなく、しかも、結構くだらないことだったりもします。自分にしかわからない「これ、サイコーなんだよなー」ってこともあるでしょう。

私の場合は、例えば、風呂上りにちょっとバリッとした硬めのバスタオルで体を拭くときがなにげにサイコーだったりします。

この、ちょっと硬めのバリッとしたバスタオルに遭遇するためには、乾かし方が重要で、ピーカンの日光で手早く乾燥させると、理想の硬さになるという、どーでもいい条件があります。

今日の硬さはちょっと物足りないな、とか、度胆を抜く「パリッと感」にめぐり合うこともある。

いやいやホント、個人的などーでもいい話だわ。「バスタオルのパリッと度数」に幸せを感じるのは、私だけの、ささやかな小さい幸せ。あなたはもしかすると、ふんわりソフトな質感のバスタオルがお好みかもしれない。それがあなたの小さな幸せ。(バスタオルにこだわらなくてもいいのですが)

あなたにも、このような個人的な小さな幸せがありますね。それを絶対に、大切にしたほうがいい。

こんなくだらないことにしか幸せを感じないのは、なんだか「人間小さい」って思ってしまうかもしれません。

「おれはもっと、スケールのでかい幸せを求めているんだ!」「もっとビックな幸せをつかもうぜ!」

うんうん。それもいい。幸せの尺度は人によりけり。でっかい幸せを追い求めるその気持ちでいられることが、幸せだったりします。

ですが、大きな幸せというものは、突然いきなりババーンってまとめて訪れると、かえって不幸になる事もある。

芸能人の方やミュージシャンの方で、いきなり売れる人っています。一気にバーンって売れて、しばらくするとその人気はピタッと止み、ドドーって売れなくなる。なんて方いません?

別に、メディアの方だけでなくても、身近な人にも、何が起きたのか知らないが、「いきなり幸せになる人」っていますよね。

ですが、大抵はその後に待っているのは、幸せ絶頂とは真逆の、苦しい人生だったりしていませんか?

なぜこのような現象が起きてしまうのでしょうか?

考えられるのは、急速に成功して幸せが訪れると、収入とか名声とかを持ちすぎてしまうため、「生活水準」が一気に上がり、全ての事がささいに見えてしまう。

特に芸能界で売れすぎるとこういう事に陥りやすいとききます。そうなると、どれだけ大きな幸せも感じとることができなくなり、いつも何か物足りなさを感じるようになる。

それでも人というのは、もっと幸せを感じたいものなので、住む家、買い物などが、どんどんエスカレートして、一般人では考えられないようなことをしでかそうとします。

そんな状態までいくと、一般人の気持ちを汲み取ることができなくなります。これまで顧客だった普通の人達の訴求を汲み取ることができなくなると、当然商売に支障をきたします。

成功のために必要な大切な事を忘れてしまうため、気が付けば売れない、儲からない人生になってしまうのではないでしょうか。

全てこのパターンに陥ることは決してありませんが、人は、一気にまとめて幸せがやってくると、どうしてもこうなりやすいのではないかと思われます。

幸せは小出しにするほうが、末永い幸せを掴みやすい

さて、でっかい大きな幸せは、一気に訪れるとかえって不幸に陥りやすい。

じゃぁ、幸せはむしろこないほうがいいのかというと、そうではありません。

幸せというものは、一気に訪れるよりも、少しづつ小出しに訪れた方が、より末永く幸せが続くそうです。

しかも、その小出しの幸せというものは、訪れるのを待つのではなく、日常のささいなどーでもいい小さな幸せをちゃんと「感じとる」事が重要で、その積み重ねがやがては、大きな幸せになる。ということだとか。

たとえば、レストランで、フルコースを頼んだ時、「前菜 → スープ → 主菜 → デザート」というように、少しずつ小出しに提供されることでゆっくりと長く食事を楽しめます。

ですが、前菜からデザートまで全ての料理や飲み物が、一気にまとめて提供されテーブル一杯に並べられたらどうでしょうか?

その瞬間は、「すげー、ぜいたくー」ってなるかもしれませんが、どれから手を付けたらいいのか迷うし、なんだか急いで食べようとするためゆっくり食事を楽しめないのではないでしょうか。

やはり、一品ずつ小出しに提供される方が、料理をゆっくり味わいながら楽しむことができ、満足感も得られ、幸せな時間をすごすことができます。

私たちの人生における幸せも、このレストランのフルコースのように、少しずつ小出しに提供されるほうが、より幸せを感じるのです。

「あの人は、幸せそうでいいな~」って思っているあなた、そんな幸せに見えそうな人も、実際は、案外そうでもないかもしれませんよ。

それよりも、あなた自身の、「これ、サイコーなんだよな~」っていう、ささいな幸せにもっと目を向け、小さく、小出しに、少しずつしっかりと感じとり、ホントに意味での大きな幸せをつかみ取りましょう。