対人関係であまり悩まない人が心がけている事

対人関係であまり悩まない人が心がけている事

たった1人で生きていくということは、ほぼ不可能です。

極論、1人で生きて行くことは「人間」を辞めると言っているようなもの。人と人の間と書いて「人間」。つまり、最低でも2人以上の人と人がいないと「人間」ではない。

それは、人間ではなく「生物」。人にもなれない地球上の生物にすぎません。

私たち「人間」は、他人と関わり合う事で生きていけます。

「私は一生ひとりで生きていく」「俺はいつだって一人なんだ」と言う人もいるが、それは本当の意味で「一人」になったわけではなく、自分で勝手に「独り」になろうとしているだけなのでしょう。

人として生まれてきた以上は、がんばっても一人で生きることはできません。

さて、こんなことを紐解こうとしても埒(らち)が明かないので、そろそろ本題に入りましょう。

私たち人間は、他人との関わり合いながらの毎日ですが、ほぼ毎日、他人とも関わる上で多くの「悩み」を感じてしまいます。

職場での人間関係、友人関係、家族、恋人、全く話したこともあった事もない人に対しても、なにかしらの「悩み」がつきまとってしまうようです。

人間の悩みの9割は、「対人関係」だとさえ言われたりしますが、まんざらそれは間違いではないかもしれない。

一見、「人間関係」の悩みでないように思えることも、深く探求していくと根本的なところは、全て「対人関係の悩み」に行き着くということ。

例えば、容姿の悩みの根底は、人にどう見られているかを気にしてしまう悩み、健康に関する悩みも、お金に関する悩みも、仕事上での悩みも、他人に迷惑をかけることが辛いと悩みに行き着くはずです。

これほどまでに「対人関係」の悩みを抱え込んでしまうのは、それだけ私たちは、他人との関わりを頼りに生きているという事なのでしょう。

「私は一生ひとりで生きていく」「俺はいつだって一人なんだ」と言う人も、何かしらの「悩み」があり、それは行き着くところは「対人関係の悩み」。

つまり、「自分は独り」と思っている人も、他人との関わりを頼りに生きているのです。

ですがなぜ、他人との関わりを頼りに生きる事に多くの「悩み」が生じてしまうのでしょうか?

大半の人は、いつも対人関係の悩みを抱えているものですが、まれに、対人関係の悩みをそれほど感じないという人もいます。

この違いはどこにあるのだろうか。対人関係にあまり悩まない人は、メンタルが強いのでしょうか?

「他人に期待しない」ということ

人は、他人との関わりを「頼り」に生きることは避けられませんが、それが「期待」という感情が「悩み」を生じてしまっているのかもしれません。

つまり、対人関係にあまり悩まない人は、基本、“ 必要以上に他人に期待しない ”を心得ている。

信用はするが、期待はしない。信頼はしているが、自分が思う「こうあるべき」という期待を、必要以上に他人にはしない。ということを肝に銘じているのです。

人を当てにばかりしてはいけない。他人を変える事はできない。だから、自分の考え方を変えなくてはいけない。

あなたもそう心得ていることでしょう。確かにそうすることで、対人関係の悩みを軽減させることはできます。

ですが、わかってはいるが、簡単なことではないはず。他人を変える事はできないのは十分に承知しているはずなのに、なぜか対人関係の悩みは尽きない。

そう、あなた自身が必要以上に他人に「期待」しているからです。

悩みの種は、あなた自身の「べき」にある。「べき」とは、「~するべき」「~すべきでない」の「べき」。

対人関係で悩みの正体のほどんどが、自分が信じる「べき」が目の前で裏切られてしまったと “ 思い込んでしまった ” とき。

例えば、あなたが最近、他人に「イラッ」としたことを思い出してみてください。「イラッ」としたということは、その裏には何らかの「べき」が隠れていませんでしたか?

自分が信じている「こうあるべき」を、他人に対しても「こうあるべき」だと “ 期待 ”してはいないだろうか?

他人を変える事は不可能とわかっていても、あなた自身の「べき」が勝り、知らず知らずのうちに他人を変えようとしてしまっている。

他人は決してあなたを裏切ろうとしているわけでもなく、わざ反発してやろうなどと思っているわけではない。

何の変哲もない他人の言動や行動に理不尽さを感じてしまうのは、自分の「こうあるべき」は他人も必ず「こうしてくれるだろう」と “ 期待 ”しているのです。

誰だってまさか他人に期待しているなんで認識はありません。なぜなら、自分の「べき」は自分だけの常識でそれが「あたりまえ」だと思っているから。

自分の「あたりまえ」に予想外な事や想定外な事が起きると、焦りを感じ、どうにかして自分の「べき」を守ろうとするもの。

ついつい、無意識に他人に期待をしてしまっているのです。

「どうせ」が口ぐせになると、他人に期待をしてしまう

ですが、他人を期待しないとはいっても、他人を信用しないことではありません。

よくある勘違いに、「他人に期待しない」というのを「どうせ裏切られるから信じない」という意味で使われることがある。

「どうせ裏切られるから信じない」「どうせあてにならない」「どうせ何を言っても聞いてくれない」。

どうせ、どうせ、どうせ・・・。どうせぇっていうねん、です。

このように端から信用しない人は、逆にめちゃくちゃ「他人に期待をしている」のです。

なぜなら裏を返せば、「認めてほしい」「信じてほしい」と叫んでいるようにしか聞こえない。「どうせ○○。(でも××してほしい・・・)」という心の期待が潜んでいるのです。

「どうせ○○」と言う気持ちは、あなたの「こうあるべき」を一切変えようとしていません。なので結局は他人に期待ばかりをしてしまい、不満や怒りを覚えてしまう。

誰しも対人関係で悩んだとき、「気にしないでいよう」「他人と自分は違う」「なるべく関わらないようにしよう」とします。

ですが、人は、ひとりでは生きてはいけない、他人との関わりを「頼り」にしない限りは生きてはいけない。

親も、友人も、職場の人も、あの人も、この人も、自分以外の他者は、「変える事ができない人」ばかりですが、そのほとんどの「変える事ができない人」との関わりを頼りにしなくてはいけないのが現実。

自分の「こうあるべき」を他人に求めていては、対人関係の悩みを軽減させることは難しいでしょう。

「他人に期待しない」とは、あなたの「あたりまえ」を他人に求めず、他人を信用して関わりあっていくことで、信頼関係は生まれるものだろう。