「手段の目的化」に陥らないために

「手段の目的化」に陥らないために

私達は、時に自分がしていること、考えていることなど、意識的にやっていることに対し、「そもそもなぜやっているのか?」を考え直す必要がある。

でないと、自分が正しいと思ってやっていることが、いつの間にか「的外れな事にこだわって必死に頑張っちゃってしまってる」とか、他人から見ると、「どうしてそこを気にするの?」といった事に気づけないことが多々ある。

手段の目的化」という言葉を聞いたことがありますか?

ビジネスの世界ではよく使われる言葉ですが、一般的にも使われています。

わかりやすい例でいうと、ダイエットは「痩せる事が目的」ではあるが、本来は「健康を維持したい」とか、「体に自信を持ちたい。細身の服を着こなしたい」という “ 目的 ” があって、「痩せる」事は “ 手段 ” であるはずです。

もっというと、「細身の服を着こなしたい」のは、「異性に好意を持ってもらうため」という目的のための手段になります。

さらに、本質的な目的をつきつめてみると、「自分は愛される価値がある人間なのだと誰かに認めて欲しい」などの理由があるのかもしれません。

人は、今やっていること、考えていることに対し、「それをどうすればできるのか?」という具体策を考えてしまし、「そもそも何のために?」という目的をあらためてみなそうとはしない傾向がある。

「痩せること」は手段であるはずなのに、その具体策として、無理な食事制限や怪我や故障してしまうような無茶な運動やトレーニングとか、「痩せる事が目的」になり、最悪自分でも気づかないうちに、“ 的外れな事にこだわって必至にがんばっちゃってる ” 状態になってしまう・・・。

「手段の目的化」とは

「手段の目的化」とは、その言葉通りで、何かをするという行動は、本来その先にある「目的や成果」を得るための「手段」であるはずなのに、いつの間にかその行動すること自体が目的になってしまっていることを言います。

「手段が目的化」してしまうと、本来の目的を見失い行動に意味がなくなり、その結果、本来の目的や成果が達成できなくなることもあります。

目的を見失い成果が達成できないくらいならやり直しがきくかもしれませんが、最も危険な事は、こだわり過ぎて、鬱にまで進行してしまったり、危険を顧みない1)自分の身に危険が及ぶことを気にかけないさま、目的遂行のために敢えて危険を冒すさま、などを意味する表現のこと。行動をとってしまう事もありうる。

それが、本来の目的に沿わない事とは気づかずに・・・・です。

がんばること、必死になる事は悪い事ではありません。

ですが、「少し無理をしすぎてるかな?」とか、他人に「そこまでする必要あるの?」などの忠告されたときは、一度立ち止まって本来の目的を考え直す必要があります。

でないと、空振りの努力で、取り返しの付かない状態にまで陥ってしまうのは、無念としかいいようがありません・・。

今回は、「手段の目的化」について一緒に考えてみましょう。

「手段」が「目的」になるその正体とは

「目的」とは目指す事柄をいいます。その事柄を実現する行為・方法・要素が「手段」というのが基本形。

何かを成し遂げようとするとき、目的と手段はセットになっていて、「~実現のために、~する」「~のために、~がある」という形になります。

この事は、あえて詳しく説明するまでもないでしょう。

ですが、冒頭のダイエットの事例で説明したとおり、目的にはその目的があり、さらにその本質的な目的がありました。

下図を見てください。何か気づくことがあるはずです。

この「手段と目的の位置づけ」をみると、「手段が目的になってしまう」とはどういった現象なのかきづいたでしょうか?

あるレベルでは目的だと思っていることは違うレベルの手段に等しい

つまり、本来は「手段」であるはずだが、あたかも「目的」だと思ってしまうということです。

これが、「手段の目的化」の正体です。

ときとして、何が目的で何が手段であったか混乱してしまう、気がつけば手段が目的に入れ替わってしまうことがよく起こります。

それは、目的と手段は目線を置くレベルによって「相対的」に決まるからです。あるレベルでは目的であったものが、違うレベルでは手段になりえるのです。

ある1つの目的は、より大きな目的の下では手段となる。つまり、自分がどのレベルに目線を置くかによって、何が目的か、何が手段かが、相対的に決まってくるのです。

私たちは日々の仕事や日常生活の中で、自分の目指していることが袋小路に入ってしまうことがよくあります。

冷静に原因を分析してみると、当初の「目的」がどこかに消えてしまい、いつしか「手段」が目的にすり替えられ、それに振り回されている事に気付かないのです。

自分の目的は、他人の手段

「手段の目的化」は、自分だけにおこるだけでなく、対人関係においてもよくある現象です。

次の事例をみてみましょう。

「商品のキャンペーンをしよう」とある会社の部長さんは部下に提案しました。提案された部下は、「キャンペーンをしよう」と依頼された具体的な「手段」を色々と考えた。

「DMを送る」「カタログや冊子の配布」「LINE@の活用」「SNSの利用」「紹介割引の活用」・・・・など、キャンペーンといっても様々です。

「DMを送る」では、過去の顧客リストやユーザーリストに対して、再来店を促すキャンペーン告知や、新情報を送付する事で、リピーターを増やせる可能性があります。「カタログや冊子の配布」では、商品Aを購入頂いだ方に配布すれば、別の商品にも興味を持ってもらいやすくなります。

「LINE@の活用」では、定期的に商品やキャンペーンのPRをすることができます。セールや割引クーポンなどを配布できるため、リピーター獲得に高いパフォーマンスを発揮します。

さて、これらの様々なキャンペーン施策を考えた部下の具体的な「手段」は果たして最適といえるだろうか?

決してまちがいではありませんが、依頼に対する答えを「そのまま実行している」という、一方的な一つの「手段」にすぎないということです。

部長さんが部下に依頼した「商品のキャンペーンをして下さい」というのは、部下にとっての「目的」です。

そして、この目的に対する具体的な「下位の手段」を部下はいろいろと考えた。

商品キャンペーン(目的)
  ↓
DM、SNSの活用・・(手段)

一見、何の問題もなさそうなこの考え方。ですが、そもそも部長さんは、“ なぜ ”商品のキャンペーンを依頼したのだろうか?

新規顧客の獲得なのか、それともリピーター顧客へのアプローチなのか、特定ユーザーに対するMD戦略なのか、など部長さんが考えている「目的」があるはずです。

つまり、「商品のキャンペーンをしよう」という部下にとっての「目的」は、部長さんにとっての「手段」かもしれない。ということです。

商品キャンペーン = 部下にとって目的

商品キャンペーン = 部長さんにとって手段

部長さんにとっての目的が「新規顧客の獲得」だとすれば、あなたの商品キャンペーンという目的に対する手段は「新規顧客の獲得」の具体策でなくてはならない。

つまりは、単に「商品のキャンペーンをして下さい」という依頼に対して下位の手段を考えるのではなく、その上位の目的を汲み取る必要がある。

上位の目的とは、店長の「商品のキャンペーンをする」という手段の目的です。

部下は、部長さんの意図を汲み取る必要があったのです。

なぜ、店長は「商品のキャンペーンをする」と依頼したのか、その意図は何なのか、その「目的」はどこにあるのか?

依頼されたことや、問題に対する解決方法を考える際、言葉通りの具体的な行動は、自身の視野狭窄による思い込みに陥り、思考停止状態を招いている可能性が高い。

「商品のキャンペーンをして下さい」と依頼されると真っ先に「イベントをやる」「広告を打つ」「懸賞プレゼントを出す」などアイデアがどんどん膨らむが、これは具体的な「手段」です。

職場では上司の本来の目的を把握できずに、見当違いの手段をしてしまうケースはよくあること。

なぜ、それをするのか?依頼内容の意図を汲み取るためには、その上位の目的を考える事が大切です。

依頼内容や問題に対する解決策をいきなり考えるのではなく、問題そのものについて「上位の目的を考える」に視点を向けなくてはいけない。

「上位の目的を考える」その効果は大きく二つあります。

一つ目は、真の目的を考えたらそもそもやるべきことは他にあると「そもそもの問題を定義しなおしてしまうこと」。つまり新たな問題を発見するためです。

そしてもう一つの目的は、問題そのものはありきとしても、その問題の解決の仕方、例えばその中のどの部分が優先順位が高く、どの方向性に解決すべきかを示唆してくれるということ。

私達は、意識するしないにかかわらず、目的を持って行動しています。しかし、その目的は、思い込みであって、実は上位の目的に対する「手段」だという事に気付かなくてはいけない。

上位の目的は、私たちの行動(手段)の本質を明らかにし、何をしなければいけないかを明確にする重要な役割を担うと同時に、「別の手段がある」ことを発見する手立てとなります。

SNS疲れを招く、手段の目的化に懸念

10月31日といえば、ご存知「ハロウィン」ですが、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)や渋谷ハロウィンでは、国内独自のムーブメントが起こり、それを楽しむ若者がメディアでも取り上げられました。

そこには、「手段の目的化現象」を目の当りにした。

インタビューされた若者の1人が、「なぜ仮装をして渋谷に来るのか?」と聞かれた時に、「自分はインスタグラムをやっているので、インスタに上げるためにやっている、みたいなところありますね」と言っていた。

これはまさに「手段の目的化現象」で、本来は何かアクションを起こした時の「記録」が写真の目的であり、アクションの報告・公表がインスタグラムの本来の目的だったはずですが、写メを撮ってインスタに上げるためにアクションを起こすという手段と目的の逆転です。

ユーチューブは、コメント数と評価を獲得し登録数を競い、フェイスブックでは、「いいね!」を押してくれた人の数を、ツイッターではフォロワー数を、ブログでは、PV(ページビュー)数を、インスタでは、「いいね!」や人気投稿を・・・・。

今ではコミュニケーションツールとして欠かせない「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」。

新しい情報を見つけたり、SNSそのものが楽しかったりとメリットがある一方で、ありとあらゆることが数字として表示されてしまうことに疲れを感じる瞬間はありませんか?

そもそもソーシャルボタンが設置している理由は、Webマーケティングに携わったことがある方は知っているでしょうが、アクセス数をアップすることが期待できることです。

例えば、他の人の投稿を「シェア」すると、その投稿が自分のタイムラインに表示され、その投稿は、友達やフォロワーにも表示されます。それを友達などがシェアしてどんどん広がっていく仕組み。

SNSでは比較的、趣味趣向が似た人間同士が繋がっていますので、一人が興味を持ったものにはそのフォロワーもまた興味を持ちやすく、またタイムラインなどを受け身で見ているだけのユーザーも多数いるため拡散効果が高いとされている。

Webサイトに設置してあるOGP設定2)OGP設定とは、SNSでページのリンクを設置すると、そのタイトルや説明文、さらには画像が抜粋されて表示される設定のことをいう。してある「シェア」ボタンをクリックすると、その数が表示されます。数を表示することにより、ページ自体の価値を高めるからと考えられます。いわゆるソーシャルプルーフとしての役割を示しているのです。

数字が入ったシェアボタンの方が、滞在時間やクリック数が多くなり、ページのボタンから拡散することは少ないもの、数字入りのボタンがあることで、興味喚起につながっているというカラクリがある。

一方、「いいね!」ボタンは、その投稿が良かった、面白かったといった好意的な感情を気軽に相手に伝えるもので、アクセスアップには関係ないものです。

しかし、相手の投稿に対して「何かリアクションしないと悪いかな…」などの義務感や、反対に「いいね!」の反応を過剰に意識してしまうなど、精神的に疲れてしまう人も増加しているようです。

ユーチューブでアクセスアップを測るには、関連動画に自分の動画が表示されるかで決まると思います。YouTube企業側が最重要視している指標は、実は「再生回数」はあまり関係なく、評価ボタンで「高評価」してもらうことと、コメント数が大切で、最も重要なことは、「再生時間」で決めるとされている。

なぜなら、YouTube企業側は広告主のからの収入で成り立っていますが、その広告主はできるだけ自社の広告を見てもらいたいわけで、その広告を見てもらうには再生時間の長い動画のほうがもちろん見てもらいやすくなるからです。

SNS自体がよくないのではなく、自分と友達のフォロワー数を比較したり、フォロワーの増減に一喜一憂したり、「いいね!」や「シェア」の数字で気分が上下してしまうのは「SNS疲れ」の大きな原因のひとつではないでしょうか?

SNSでは自身で公開したプロフィールをもとに気軽なコメントのやり取りから関係が発展するケースが多いため、リアルな社会では築くことのできないような人間関係を構築することが特権。

しかし、SNSを利用する本来の “ 目的 ” をはっきりさせないと本末転倒です。

例えば、シンプルに、趣味に関することや、リアルなニュースやトレンド等の情報収集のため、友だちや知人の近況を知るため、他人の投稿した写真や体験の共有、新商品やサービスの情報を得るため・・・など。

また、SNSを利用して情報を発信する側も、アクセスアップを目的とするならばそれはそれでいいでしょう。しかし、そのためには、何が必要かはいうまでもありません。

要は、「再生時間」や「いいね!」「シェア」などの数字を獲得することは “ 目的ではない ” ということです。

「チャンネル登録数が増えた」「アクセス数が上がった」ウレシイのは当然です。また、それは喜ばしい事であることは確かです。

ですが、数字に踊らされては本来の目的を見失い、楽しく利用することが手段のSNSのはずが、「的外れな事にこだわって必死に頑張っちゃってる」違和感を感じる。とは思いませんか?

自分が何を目指したいのか、ブレないビジョンを強く持とう

「みんながやっているからやる」「今までそうすることになっているから」というのが一番危ない状況です。周りの人達のやっていることや、過去の決めつけに捉われてしまうと、手段は目的に変貌しやすくなります。

目先の手段に振り回されずに上位の目的を、あなたが本来定義したビジョン、つまり「ゴールの設計」をブレない北極星のように持つことが大切。

「ブレないゴール」「ブレないビジョン」「ブレない自分」をハッキリと定義し見失わないことが、行動に意味を感じ、やりがいを感じ、そして本当の目的を達成させることに繋がります。

目指すべき山を決めずに歩くは、さまように等しい

これは、ソフトバンク社長「孫正義」氏の言葉です。

新しい未来をつくろうとしている経営者は何人もいらっしゃいますが、その中でも孫さんは300年先を見てるそうです。30年ビジョンをつくるには、300年先を見なければいけないと。

「あなたにとって幸せとは何か?」をツイッターでつぶやいて、何千万のツイッターの返事を解析し、人間の幸せとは何かというのを考えたそうです。そして、それをITで実現するとはどういうことなのかに落とし込み、企業の運営をされている。

今のようにものすごい勢いで世の中が変わっている中では、「自分が何を目指したいのか」をしっかりと持つことが非常に重要。

時に目的から脱線してしまう無謀な努力もあるだろう、その努力は何一つ無駄にはならないが、少しでも早く実現し、あなたに取り巻く周りの人達を幸せにしてほしい。

本来の目的は何であったか?

難しい事ではないはずです。すこし、自分を俯瞰してみれば、原点回帰はすぐにでもできるだろう。

References   [ + ]

1. 自分の身に危険が及ぶことを気にかけないさま、目的遂行のために敢えて危険を冒すさま、などを意味する表現のこと。
2. OGP設定とは、SNSでページのリンクを設置すると、そのタイトルや説明文、さらには画像が抜粋されて表示される設定のことをいう。