好きなコトを選ぶ人と、好きな○○を選ぶフツーの人

好きなコトを選ぶ人と、好きな○○を選ぶフツーの人

今、働いている会社は満足してますか?

おそらくほとんどの人が「満足」とまではいえないのではないでしょうか?

それはもしかすると、別に好きな「コト」をしているわけでもないから、給料が安すぎるから、嫌いなヤツと働くのが億劫だから・・・

上げればいろんなことがリストアップされそうだ。

何を「満足」とする?

ところでその会社に何年くらい勤めてます?

3年? 5年? 10年? それとも気づけば20年以上は過ぎ去っていたりしますか?

「満足」とまでは言えないその会社に、どうして今までやってこれた?

家族を養うために仕方なく? 生活費をなんとか切り盛りするためにやめるなんてできっこなかったから?

そういう「お金を稼ぐための手段」としての理由もあるかもしれない。いや、普通はそうなる。「カネ」目的で仕事してるわけじゃない、とキメたいとこだが、結局は「カセげ!」と書かれたハチマキ撒いて、 不承不承 ながらも、明日も職場で労するのだ。

もうかりまっかー ぼちぼちでんなぁ もうかりよーかぁ あきまへんわぁ・・・

だけどね、パワハラとかブラックとか、とてもじゃないけど居心地のいい会社だったとしたら、会社にいることに「お金を稼ぐための手段」なんて理由は二の次になるじゃない?

カネ以外の事も含め、もう一度聞くよ。

「満足」とまでは言えないその会社に、どうして今までやってこれたの?

それは、好きな「コト」をしているわけではないが、とりあえずは、居心地はそこまで悪くはないから、とかの理由もあるのではないだろうか。

給料が安すぎるという不満はあるが、どうにか生活費をなんとか切り盛りするだけの収入は確保しているからかもしれない。

つまり、自分にとっての、好きな環境、“ 好きな状態 ” で、居続けられたから、ではないだろうか。

好きなコト。それって働く中で、いったいどのくらいの割合で、その「コト」が占めてるわけ? 考えてみたことある?

好きな「コト」と、好きな「状態」

世の中には二種類の人間がいて、それは、好きな「コト」を仕事としている人と、好きな「状態」で仕事をしている人。

好きな「コト」を仕事にしている人とは、自分は「何」をしているかで考えながら仕事をする人。明確な目標、将来のビジョンがあり、いくら稼ぐとか、生活の為とかよりも、仕事そのものにすべてを注ぎ込む。

このタイプの人間は、好きなコトであるが故に、その取り組みは尋常、普通の人ではできそうもないことでもやる事が好きな人。

「そこまでする?!」ってなくらいにやれるのは、それが好きな「コト」だから。

「そこまでする?!」ってなくらいにやるわけだから、大抵はその好きな「コト」でいわゆる目標を現実化する、スゴいことを成し遂げる「成功者」といわれる人間だ。

確かに好きなコトを仕事とするから「成功」する確率は高いかもしれないが、必ずしも成功するとは限らない。

好きなコトを仕事として、実績を挙げる人はごく少数で、そのタイプの人にとっての「成功」という、一種の形なのだ。

例えば、ソフトバンク社長の「孫正義」さんは、その典型的な、好きなコトをするタイプの人だ。

孫さんは、20代の頃、慢性肝炎という病に侵され、5年(命が)もつかどうかもわからない診断され、死亡リスクの高い危機的な状態にあったとされます。

入院生活は当然、しかし、孫さんは、医者に「命を縮める」と叱られながらも、3日に一度は病院を抜け出して会社の会議に参加していたらしい。

あなたなら、会社の仕事のために、そこまでします?

しないですねよ。普通は。だって、仕事はあくまで手段でしかない。お金を稼ための手段に過ぎないわけで、命を失うリスクを跳ね除けてまで、やろうとは思わないはず。

それが、普通なんです。「ふつうの人」なんです。そして、世の中の約80%以上の人が、この「ふつうの人」だ。

それでもあなたは、好きな「コト」を今から探すの?

「ふつうの人」は、自分の仕事や会社に、どこか不満を感じたりする。それは、好きな「コト」をしていている実感がないから。

いや、好きなコトが明確でないから、本気が出せない自分にモヤモヤしているから、好きではないコトに心と体を削ってまで頑張る意味がわからなくなってしまうから。

じゃぁ、好きな「コト」を今から探すのか?

必死に探せばあるかもしれない。「僕はこんなことがかつては好きだった。」「ずっとこうなりたいという夢があった」とか。

いいじゃない、夢を持つことは悪くない。だけど、厳しいようだが、その夢で食っていけるかどうかは別問題。

そもそも、その夢は、ホントに自分にとって好きなのか?

では、聞くが、その好きな事をやれたとして、報酬が「0円」でも、必死にやりきる自信はありますか?

「それはちょっと・・・」と思ったあなた。それは本気で好きなコトとは言えないかもしれません。

なぜなら、「仕事」という生きていくための手段を前提とした時、好きな「コト」よりも、「お金を稼ための手段」に重きをおいているからである。

厳しい言い方になってしまうが、「お金を稼ための手段」が最低ライン満たされない限りは、それを「仕事」とは認められない。認めようとしない自分に気づいていないだけなのです。

つまり、好きな事で仕事をしたいという希望はあるが、本当は、家族のため、生活のための「収入」を得ることが目的であり、仕事はその手段でしかない。と思っているのです。

それが、「ふつうの人」というわけ。

ふつうの人は、無理に好きな事を探す必要はない。

なぜこんなことが言い切れるのか?

それは、「ふつうの人」が求めている「好きを仕事にする」ということに、別の価値観をもっているからだ。

それが、先ほどいった「好きな状態」で仕事をする、ということにつながってくるのです。

「好きな状態」って何?

それを説明する前に、先に行っておきたい事がある。

「好きな状態」で仕事をしている、好きな状態でいられる職場で働いている、好きな状態の立ち位置に今、自分はいる。

そして、これからの未来も、好きな状態でいられるための働き方を選択する。

この、「好きな状態」で働く手段を選ぶ事は、実は「ふつうの人」にとって本当に求めている事であり、もしかすると、「好きなコト」を仕事とする人よりも、ずっと幸せなのかもしれない。

それだけ、「好きな状態」で働くという事は、「ふつうの人」にとっての最大の成功ともいえるのだ。

わかってますって、「好きな状態ってなんだよ」でしょ。

ふつうの人が感じる「好きな状態」について

あなたは、ドラクエとかのRPGゲームをしたことありますか?

例えば、ドラクエだったら、最初に出てくる敵といえば、「スライム」です。楽勝で倒せます。

ドラクエとかのRPGゲームは通常、強い敵と弱い敵が交互に出現するようになってる。だって、最後まで弱い敵だったらくだらないのね。

ドラクエのラスボスがスライムだったらやる? 僕はしょーもなすぎてやらないよ。だからゲームって楽しいし、「好き」になれたりする。そう、「ふつうの人」でもね。

じゃぁ、話をかえるけどさぁ、学生の時「部活」あったじゃん。毎日のように厳しい練習が終わった時って、ほっとするじゃない。(帰宅部の人はないかもしれないが)

それとか、定期テストがある前の日までとりあえず勉強するよね。(僕はしなかった)テストが終わると「ほっ」とするよね。(僕はむしろ不満が募りだしていた)

何がいいたいのかというと、人は、緊張感をもってがんばったりするときもあれば、「ほっ」とできるゆるーい状態でいる時もある。

緊張するときもあれば、緩和するときもある。 緩急のバランスがいいかんじにとれているとき、人は「いい状態」だと感じるもの。でしょ。

先ほどのドラクエとかのRPGと同じで、強い敵もいれば弱い敵もいる。だから、おもしろいし、それが好きなんです。

じゃぁ、仕事はどうですか? 

やっぱり、緊張感をもって取り組むときもあるし、緩めるときもあるでしょ?

大事な交渉だったり、プレゼンとかを控え、ていると緊張感をもってがんばるけど、終わればリラックスするよね。

だけど、その緩急のバランスが崩れ、ずっと緊張感が続き、ほとんどリラックスできない状態になるとどうなるか?

「うつ」になってしまったりとか、精神面だけでなく、体を壊してしまかねない事になるやもしれません。

逆に、まるで緊張感のない、ゆる~い状態が続くとどうなるか?

やはり、「うつ」になるかもしれないし、やる気が起きずに生きている心地さえ感じなくなるやもしれません。

なので、人は、緊張と緩和のバランスがちょうどいい感じで保たれ、その状態でいられることが、「好き」なんです。

「好きな状態」とは、この緊張とバランスがいい具合にためてる状態のことを言うのです。

ふつうの人は、この、緩急のバランスがとれた状態が好きでたまらないのである。

だが、「好きなコト」を仕事とする人にとって、この緩急のバランスがとれた状態を「好き」だとは思えないのです。

仕事もプライベートに境界がなく、四六時中、仕事仕事をのぞんでいるのだ。

なぜなら、それが「好きなコト」だから。

とはいってもそんな仕事仕事の人も、遊んだりもするし、旅行したりもする。だが、それは、好きなコトをするための手段にすぎないのです。

もしかすると、遊びも旅行も仕事に直結させているかもしれない。

緊張と緩和のバランス比率でいえば、緊張でいる状態を好み、緩和でいる状態がわずかでいい。それが好きなコトを仕事とする人達にとっての「いい状態」なのです。

反対に、好きな状態を好む「ふつうの人」は、旅行そのものを楽しんだり、遊んだりもする。仕事はそんな楽しみのためにがんばれる手段にすぎないのである。

つまり、緊張と緩和のバランス比率でいえば、緊張でいる状態をなるべく減らし、緩和でいる状態を好む。それが、ふつうの人達にとっての「いい状態」なのです。

どうです。もし自分にとって何が好きなコトなのかもわからずにいる「ふつうの人」だと思うなら、四六時中、緊張感が占める人生を「いい状態」だと思えますか?それを「好き」だといえますか?

そう、僕たち「ふつうの人」は、緊張と緩和のバランスがとれる状態でいることが、最大の幸せであることに気付いていないのです。

ですが、その「好きな状態」でいるためには、自分自身はどうなのか?という話になる。

一言でいうと、自分にとっての仕事が、好きとか嫌いは関係なく、「適切な強さを保っているかどうか。」

そんな状態を、自分自身の「好きな状態」で、最も幸せを感じる事ができるのだ。

わかりにくい?わかりにくいよね。

主人公のあなたが「いい状態」を保つために

またもやドラクエの話を持ち出してみますが、もし、ドラクエの主人公(勇者)が、メチャクチャ弱かったらどうします。逆に、メチャクチャ強すぎたとしたら、そのゲーム、おもろいですか?楽しめますか?

あっという間にラスボスを一撃で倒せるようなゲーム。そんなゲームは「クソゲー」って思いますよね。主人公が敵を倒せそうで倒せそうにない、適切な強さだからおもしろいんだよね。そうでしょ?

主人公にアイテムを追加したり、HP(ヒットポイント)を徐々にあげ、常に「倒せそうで倒せそうにない」状態を経て成長していくとこに、ワクワクするんです。

多くの人は、子どもの頃から、勉強に、スポーツに、そして仕事でも、多かれ少なかれ何かしらの努力を積み重ねている。

そして、常に「倒せそうで倒せそうにない」状態を経て成長していくことに生きがいを感じるもの。

じゃぁさ、もしドラクエがあなたの仕事で、主人公があなただったとするよ。

さっきもいったけど、主人公(あなた)は、敵を倒せそうで倒せそうにない、「適切な強さ」だから意味があるんだったよね。だからドラクエ(仕事)っておもしろいんだったよね。

大切なのは、主人公(あなた)が、「適切な強さ」であるかどうかというのが、「好きな状態」であるための条件なのです。

今、自分がしている職場の仕事が、あなたにとって本当に適切なら、それは「いい状態」であり、気づきにくいけど、あなたにとっての「好きな状態を」保っているという事になるのである。

もし仮に、今の仕事が、ドラクエの主人公でいうと、メチャクチャ強すぎたり、メチャクチャ弱すぎたりすると、どうか。

そんな仕事をしているなら、倒せそうで倒せない、いい状態ではないため、とてもじゃないけど「好きな状態」とは言い難い。

だから人は、「転職」を考えようとする。

「好きなコト」をしていないからではなく、「好きな状態」でないから、もっとやりたい事を仕事にしたいと錯覚し、転職や独立を考えてしまうのです。

もう一度、お伺しますよ。

今、勤めている会社に、何年くらい勤めてます?

3年? 5年? 10年? それとも気づけば20年以上は過ぎ去っていたりしますか?

「満足」とまでは言えないその会社に、どうして今までやってこれたの?

それは、じつは、ちゃんと「好きな状態」で居続けられたからではないですか?

あなたがいうその「満足とまでは言えない」というのは、好きなコトをしていないから、だと思い込んでしまってません?

もしあなたが、四六時中、緊張感が占めるコトを望むのならば、「満足」とはいえないかもしれません。

ですが、自分は緊張感と緩和のバランスがいい状態で保てることを望むのならば、あなたのいう「満足とまでは言えない」というモノの正体は、好きなコトをしている人への憧れだったり、それが「かっこいい」ようにみえているからではないですか?

もう説明するまでもないのですが、好きなコトをするということは、ふつうの人にしてみれば、あまりにも「過酷」。

極端な言い方をすると、報酬が「0円」でも、四六時中それに携わる覚悟を要するということなのだ。

いや、まてと。

いくら好きなコトだからといって、常に仕事仕事で埋め尽くす必要なんてないじゃないか。って思っただろ?

たとえ給料が安くても、好きなコトで仕事ができるんなら、自分のペースで緩急のバランスをとりながらもできるし、それサイコーじゃん。って思っただろ?

なるほど、まだそう思っているのなら、やはりあなたは確実に「ふつうの人」で、しかも、「好きな状態」を理解していない。

僕が言いたい好きな「コト」とは、「コト」。そんな好きなコトを、報酬が「0円」でも、四六時中それに携わる覚悟がもてる「コト」だといいました。

あなたが言う、好きな「コト」。それは「好きな状態」の一角にすぎないのです。

職場の悩みのほとんどは、「人間関係」だといわれています。たとえ好きな「コト」を仕事としていても、人間関係に深刻な悩みがあると、「好きな状態レベル」は下がります。

あなたは、「たとえ給料が安くても」といった。ほんとですか?じゃぁ、どうして「転職」なり、「独立」したりしないんですか?

それは、やりたいけどできないから。家族を養う義務がある、給料は死活問題に直結する。自分にとっての仕事は「お金を稼ための手段」でしかない。

そんな心理がブレーキをかけているのではないですか?

だが、それでいいのです。それがあなたの価値観であり、あなたにとっての人生の目的であり、幸せであり、成功なのだ。

そして、あなたは、「自分のペースで緩急のバランスをとりながらもできるし、それサイコー」だといった。

ほら、自分で言ってるじゃん。自分は、「好きなコト」で仕事をするよりも、「好きな状態」で仕事がしたいんだ。と自ら言ってるじゃないですか。

そう、今いる会社に今まで居続けられているのは、あなたが、「好きな状態」の環境、「好きな状態の自分」を保ち続けられたからなのだ。

あなたにとっての「いい状態」をキープし、それがあなたにとって、最適な幸せにいる。そのことに気付いてほしいのです。

だが、世の中はそう甘くはない。そんな「いい状態」永遠ではない。

好きな状態で働ける今の職場も、いつコケルかわからない。明日にも働く場所を失い危機的状態にあるのかもしれない。

だから、僕は、こう提案します。

軸足に今の職場をシッカリと安定させ、もう片方の足は自由に動かせる状態をつくっておく。

全然、意味わからないよね。説明するね。

それって、「トラベリング」じゃね?

バスケットボールってやったことあるよね。でももしかしたらルールはちゃんと知っていない人もいるでしょう。

バスケットボールには、「トラベリング」といって、ボールを持ったまま、3歩以上歩いてはいけません。というルールがあります。

つまり、2歩目を地面から離さずに軸足として固定し、もう片方の足はブラブラと自由に動かせるというものです。

おっと。そのくらいは、知っていましたか。

ボールを持っているプレーヤーが、片足を軸足として地面に固定し、もう一方の足を動かすことを「ピボット」ともいいます。(この専門用語は知らなかった人いるでしょ)

つまり、軸足を地面から離してしまうと、それはファアル。反則の判定をとられるという事です。

だけど、もう片方の足は自由がきくので、攻撃の手段を失ったわけではない。それがどう意味なのか、ということです。

あなたは、今の仕事に何かしらの「不満」を感じているとします。

なので、転職したり、独立を考えますか?

バスケの「ピボット」のように、軸足に、今いる職場を固定し、もう片方の足で、あなたのやりたい事をすればいいのじゃないでか?

つまり、今の職場をやめると、それはファアル。だが、今の職場にとりあえず滞在しておけば、ファアルにはならない。

問題は、自由に動かせるもう片方の足だ。

自由に動かせるといっても、軸足が固定されているため、動させる範囲は限られている。

もうそろそろわかってきたかな?

軸足に、今勤めている「いい状態」の職場を(やめたいりしないで)固定させ、もう片方の足には、できる範囲の副職を構築させておく。という方法だ。

いっておくが、この「副職」というのは、副業ではない。むしろ、報酬は「0円」かもしれない。

だが、なぜに「副職」とここではいっているのかというと、今の職業が未来、なくなったときのための、「次なる職」へと移行させるものだからです。

副職ではなく、「仮職?」 なんでもいいけど、要は、今のうちに、土台となるあなたの「お金を稼げる手段」を今のうちに構築しておこう。という話なのだ。

いいですか、すぐに稼げる副業じゃないからね。そんなすぐに稼げることは、まず将来必ずあるとはいえないからね。

大切なのは、その稼ぐために必要なスキル。自分が稼げることができるスキルを少しづつ構築しておくことなのです。

軸足に、今の職場が固定されているので、大掛かりな事はできないかもしれません。

なので、少しずつ、1日30分でもいいし、できる範囲でいい。

お金にならない事を投資するわけだから、その投資に必ずリターンは帰ってきます。それを信じて、自分投資するかしないかは、あなた次第だ。

それ以上僕には言える権利は到底ない。

もし、あなたが、今の職場を辞める事ができない理由がある、でも、将来の保証は確実でない、というなら、このピボット作戦に耳を傾けてはどうだろうか。

将来にそなえる片方の「足」

問題は、その副職(仮職?)って何すりゃいいんだ?ってことだ。

あなたは、「ふつうの人」。何が好きなコトなのかよくわかっていない、ふつうの人。

なんどもいいますが、好きなコトを今から必死に探す必要なありません。今好きなコトでも、将来好きだとは限らないかもしれなし、好きなコトだと思っていてもメディアに影響されているだけに過ぎない一過性なことかもしれません。

だから、自分にとって、「得意なコト」を見つけるのだ。

子供は誰に聞いても大抵は、「好きなコト」をハッキリいうが、「得意なコト」はなかなか言えなかったりする。

だけど、大人は逆で、自分の好きなコトは、と聞くと、頭をかしげるが、得意なコトは、「これかな?」くらいはいえるか、もしくは、思っていたりする。

つまり、「得意なコト」は、大人であるが故の特権でもあるのです。

わからない? 自分の得意なことってよくわかっていない? 最悪得意なんてない?

ない、なんてことはない。僕は今、ハッキリと言い切りました。

というのも、確かに自分の「得意なコト」は見つけにくい、だが、それは、気づいていない事がほとんどなのだ。

「ふつうの人」というのは、できることより、できない事の方に目が生きやすい。だって、子どもの頃から不得意強化を補い、平均点がとれるように教育されてきたからね。ほとんどの人が。

だから、自分のできることはなんなのか、自分の得意な事って何なのかを見つけるスキルがないのである。

そこで、一つ手ががりになりそうな方法がある。

今職場で働いていいるとこで、上司から評価されることってありますか?

ないですか。ですよね。でもその方が逆によかったりもする。

というのも、上司が評価することは、その「職場で通用する業務」に対してだからだ。

「キミはホントに人に説明するのがうまいね。」とかいわれたとしても、給与は上がったりしません。

むしろ、あなたの得意はこれだ。という評価など、しないとこの方が多かったりする。

「キミのギャグはホントに才能がある。その道に進みたまえ」とかいわれる?そんなこといったら、辞めてしまいかねないよね。

だから、自分で自分の得意な事を自分なりに気付くしかないのです。

たとえばさぁ、「ここはもっと褒めてほしいんだよな~」とかあるよね。

誰も評価してはくれないけど、その事に対して、自分なりに得意だと自覚しちゃってることって、あるよね。

上司に言われたことをする時とか、決まったルーチンワークをする時は、しんどいけど、「自分なりに得意だと自覚しちゃってること」をやるときって、しんどいとかないし、「ストレス」を感じたりもしない、むしろ妙にワクワクしない?

なにげに、誇らしげに思ったりしない? 誰も気づいてはくれないけど。

そこなんだ。そこにあなたの「得意」が潜んでいるかもしれないんだ。

仕事をしているうえで、自分にとって、まったくストレスを感じない瞬間はいつだ?

それを一回真剣に考えてみてよ。それは得意なことに通ずる可能性あるかもよ。いやきっとあるよ。

さて、得意な事をしよう。といいましたが、それは、あなたが大人だから。子供にはない、積み重ねの経験という財産があるからなのです。

得意なことっていうのは、積み重ねでしか作れない。それに多くの人は見失ってしまうのだろう。

もし、あなたが自分の得意なことに気づき、そのスキルを磨くための副職(仮職?)をし始める事ができれば、転職や独立を考えているあなたは、逆に今の職場を辞めたりはしないでしょう。

というのも、副職(仮職?)という保険をかけているため、今の職場に勤めていることに「安心」が生まれるからです。

こんな話があります。

転職するべきか、今の職場に滞在するべきかを迷った時、いつも内ポケットに「辞表」をひそめておけと。

すると、不思議なことに、辞めようとはしなくなるという。

「いつでもやめることができる」。辞表をいつでも出す覚悟がすでにある、そう思うだけで、妙な「安心感」があり、かえって辞めようとはしない心理が働く。とことなのです。

なんとなく、わかりません。

軸足にに今の職場を固定させ、もう片方の足で副職(仮職?)の保険を掛けておく。

妙な「安心感」があるのか、今の職場が、「満足」とまではいえないとしても、辞めないのだ。

なぜなら、ふつうの人が求めている「好きな状態」がそこにあるからだ。

好きなコトにこだわり、その「コト」に幸せをつかむか、それとも、「好きな状態」で緩急のバランスのとれる幸せをつかむか。

選ぶのは自分。

ふつう人間は、いい環境、慣れ親しんだ現場の同僚、たよりないが融通の効く上司、クセの強い変わり者、何気にフォローしてくれる使えるヤツ、どいつもこいつも、どーしよーもないのばっかだが、それゆえに愛らしいものだ。そこにいられることも「好きな状態」なんだ。きっとね。

僕は、典型的な「ふつうの人間」です。

だから、未来の僕にとっての今よりさらに「好きな状態」をつかむため、トラベリングはしないぞ。

長くなりましたね。ここまで読んでください、ありがとうございました。