「失敗は成功のもと」よりも大切だと思うこと

「失敗は成功のもと」よりも大切だと思うこと

失敗は成功のもと

失敗しても、そこから学び改善していくことで、必ず成功への道が開かれるという意味。

失敗してしまったとき、ひどく落ち込んでしまわないように自分を奮い立たせるために使う言葉。

失敗は、成功に役立つヒントの宝庫であり、何か悪いところがある証拠。

失敗しもてちゃんとそれに向き合い、現実を直視することが大切。

悪いところは改善して、間違っているところは改め、反省すべきところをきちんと反省する。

素直に自分の誤りを認めることで、スムーズに改善できる。

それに、失敗で湧き出た悔しさを反動力にすれば、大きな飛躍につなげることができる。

失敗すればするほど、成功に近づけます。

むしろ失敗すれば「これで成功に近づけるぜ!」って喜んでもいい。

失敗はやはり、成功の基(もと)なんだ。

いやいやいやいや。

もともと成功するつもりでやったことが、失敗してしまうと、落ち込むし、悔しいし、うたがいたくもなるし、「やっぱな」って諦めてしまいそうにもなる。

そういうもんですよ、ヒトってのは。

いざ失敗したとき、ここまで前向きに考えられる人は、そういないでしょ。

だからどちらかというと、自分自身に言い聞かせることよりも、誰かが失敗したときにはげます時にもよく使う事の方が多かったりする。

「失敗は成功のもと」ということわざは、間違いなく正しいし、的を得た解釈だ。

だけど、肝心なのは、失敗した時に何を学んだかをちゃんと理解し、同じ失敗を繰り返さないかを考え改める事が重要、でしたよね。

その事は、存分に分かっている事でしょう。

失敗を失敗したと決めつけないで、次どうすればいいのかを考える事が大切なのは、ぶっちゃけた話が「わかっているつもり」なんです。

その教えを十分に理解してはいるはずなのだ。自分自身に言い聞かせようが、他人に励まされようが、結局は、「弁解」にすぎない、といってもおかしくないわけ。

「失敗は成功のもと」ということわざは、間違いなく正しいし、的を得た解釈だ。

しかし、気持ちの上ではプラスに働きかける効果はあれど、実際に行動に落とし込んだ時、何かしらの不安や心配が消えるわけではない。

そこで、失敗に対する向き合い方を少し考え直してみるのもどうかと思うのです。

すぐに失敗せよ

じつは、失敗は「数」の多さがどうこうよりも、「どれだけ早く失敗するか」のほうが大切だったりする。

同じ失敗をするなら、なるだけ多めに、なるだけ早く失敗に遭遇しておいた方がいいのです。

どうしてだと思いますか?

人が失敗する要因は、その事に対する方法が間違っていたり、そもそも知っていなかったりが主でしょう。

まず、単純に考えてみてください。

その失敗を早めに気づくことができれば、早く修正できるので、失敗のキズも浅い。深く傷つくこもなく、落ち込んで立ち直れないなんてこともないはずです。

それにここだけの話、早めに失敗は、大抵は周囲は許してくれたり、むしろ励ましてくれたり、アドバイスがもらえたり、など「おまけ」がついてくる。

だが、たまたまどうにかこうにかうまく切り抜け、本来失敗する可能性があるにもかかわらず、何年も「成功しているつもり」でいると、どうなるか。

自分では「このやり方で間違いない」と思い込んでしまい、後からじつは「どんだ勘違いをしていた」と気づいた時、そのキズは相当深く、ダメージも大きい。

つまり、後になってから失敗に遭遇しても、その後の修正がなかなかできず、周りの人からは「哀れみ」としか感じてもらえないことも往々にあるのだ。

失敗は必ず訪れる。自分自身がその失敗の存在を知らない限り、必ず襲い掛かってきます。

失敗の存在を知らないことが、そもそもの失敗の原因なのです。

早めに「あっさりとした失敗」を経験しておくか、それとも後になってから「熟成させてしまった失敗」を経験するか、この差は非常に大きい。

もっと厄介なのは、失敗も経験もほとんどないのに、たまたま成功してしまったときです。

成功は失敗のもと?!

これはギャンブルを想像するとわかりやすい。

ギャンブルで身を滅ぼす人たちの共通点は、たまたま儲かってしまうパターンだ。

ギャンブルバカにしつこく誘われて最初はイヤイヤ付き合ったのに、ところがいきなり勝ってしまってで「え!?こんなに楽に10万円も稼げるのかよ!」と勘違いしてしまう。

これまでコンビニのアルバイトで1日中働いても1万円も稼げなかっなかったのに、わずか1時間足らずで10万円も稼げたのだから勘違いするのも当然でしょう。

だが、その勘違いは厄介にも、「次また稼げる」と自分で勝手に確信を持ってしまいます。

ところがどうしてか、10万円など次の勝負では一瞬で吸い取られてしまい、憤慨してそれを取り戻そうとすると気づいたら100万円吸い取られている。

100万円で懲りればまだ致命的にはならないが、100万円を取り戻そうとすると、ついには借金してまでギャンブルにのめり込んでいき、身を滅ぼす。

最初に3万円負けておけば、ギャンブルにはのめり込まなかった。

アルバイトで3日間汗をかいても稼げないお金が、一瞬で消えてしまうギャンブルの恐ろしさを体で学ぶことができて賢くなるからだ。

ギャンプルにはまり込んでしまう人は、一獲千金を狙って、「一瞬で稼げる」と錯覚しているが、じつは、「一瞬で借金する」ものなのだ。

つまり、最初に稼いでしまったり、うまくいったり成功してしまい、そこで「チョロイ」と思ったら身を滅ぼす可能性がある。

最初からラッキーで成功したら、それは借金を背負ったのと同じだと気づくことです。逆に、最初に痛い目に遭ったら、それは生涯の宝になると感謝することです。

やればいい、それも「すぐ」に

じゃぁ、そうすれば早めに失敗を経験できるのでしょうか。

それはただ一つ。

「すぐにやる」ことです。

失敗するかどうかを考えていても、どこかで必ず失敗はする。

すぐに行動すれば、それだけ早く失敗する可能性が高いのは至極当然なことで、その方法しかない。

どーしよーって悩み考え倒しても、失敗はします。心配しなくても、必ず失敗はどこかでする。

だからせめて、いや積極的に早めに失敗しておこう。深い傷を負わないためにもね。

早めに失敗しても「あと」がある人もいる。

それは「すぐやる」人だ。

普通の人は失敗したらあとがないが、「すぐやる」人は失敗してもあとがあるのだ。

もたもた決断する人はあとからその決断が間違っていたとわかっても、やり直す時間が残っていないから、もはやゲームオーバー。

ところがすぐに決断する人は、あとからその決断が間違いだとわかっても、時間に余裕が残されているから軌道修正することができる。

「すぐやる」人は、“ 失敗 ” するもの「すぐ」だけど、それと同時に、“ 今から ” がそこから「すぐ」に始まる。

そんなとき、「失敗は成功のもと」がス、と入ってくるはずです。