知っておきたい。“ セールスコピー ” とは何か?という基本的な事

知っておきたい。“ セールスコピー ” とは何か?という基本的な事

言葉で「価値」を上げる事ができるって知ってますか?

Webサイトやポスター、POP、チラシ広告に書く言葉(セールスコピー)は、モノの「価値」を上げる。

セールスコピーの役割は、「言葉を使ってモノとヒトとの新しい関係を創り、商品や企業の価値を上げる」ことが役目。

生活者が「この商品はお金を払って買う価値がある」と感じる関係を創る。それを言葉によって成し遂げられるのが、セールスコピー。

・・・というのを実現させることを目指さないといけない。

告知するだけのコピー、それは「報告」。モノと人との関係を創るコピーは「広告」。

セールスコピーを、一言でいってしまうと、「モノを売るために作成された文章」ですが、もっと具体的に解剖してみると、それは書くのではなく、クリエイト(創造する)ことだった。

「カテゴリー」ではなく、「商品」にコピーを書く

「軽自動車」「ミニバン」「SUV」「セダン」などは、車のカテゴリーです。

では、「セダン」のキャッチコピーを書いてみると、「セダンは3ボックスで4ドアの車のことで、走行安全性と安定性に優れた車種です。」

このようなコピーではセダンの車を買いたいと思う人はいない。というよりその魅力は伝わってはいない。響いてはいない。心は動かされない。

人間は、動物の中の「人」というカテゴリーです。あなたが自己紹介をするとき、「人とは○○です」などとは言わないはず。自分独自のこと、他の人との違いを意識して話すはずです。面接でこんな自己紹介すると、大丈夫?って思われますよ。たぶん。

「セダンとは・・」というセールスコピーは、あなたが自己紹介で「人とは○○です」と言っているのと同じ。

つまり、「カテゴリー」でコピーを書いてしまうと、見た目 “ それっぽい ” だけの中身のないものにしかならない。広告コピーとしては成立しない。

セールスコピーとは、商品のコピーを書かなくてはいけない。セダンという商品はありません、これは「カテゴリー」。

商品とは、トヨタの「カローラ」や「プリウス」、日産の「フーガ」、ホンダの「インサイト」などをいいます。

プリウスのセールスコピーが、「3ボックスで4ドアの車のことで、走行安全性と安定性に優れた車種です。」と書いたところでプリウスの魅力は伝わらない。

なぜなら、このコピーはセダンという「カテゴリー」のコピーだから。

商品の具体的な情報、競合商品との違いのことを、マーケティング用語で「USP(UniqueSellingProposition)」という。直訳すると、独自の提案。一般には「競合優位性」ともよばれている。

さて、セールスコピーとは、「商品の価値を上げ、モノと人との関係を創ること」だと度々にいいました。

これは、正確にいうと「商品のUSP(競合優位性)で価値を上げ、モノと人との関係を創ること」という意味です。

商品のUSP(競合優位性)による価値とは何か。この説明には、「土用の丑の日」のエピソード話がわかりやすいかもしれません。

夏になると、スーパーマーケットの店頭に「土用の丑の日」のキャッチコピーと共にウナギが並びます。

もともとウナギは、脂がのる真冬が旬なのですが、今では、真夏の「土用の丑の日」に食するようになった。

当時のウナギ屋にとって夏場は閑散な時季です。そう困っている時に、平賀源内という方に相談したところ、「夏バテ防止にウナギを」というキャッチコピーを店頭で宣伝した。

すると、瞬く間にウナギ屋は大変繁盛した。というお話。

この話の「商品のUSP(競合優位性)の価値」は、「他の魚に比べると、ウナギは精がつく」という部分です。

そして、「夏に鰻を食べるとよい」という新しいモノとヒトとの関係を創ってしまったわけです。平賀源内の広告は、ここにクリエイトされていたのだろう。

コピーはいつも「そういえばそうだ」

コピーって、やっぱりキャッチ―でないといけないよね。

そうそう、いかにも言葉一つで「ささる」な~ってキャッチさを表現しないとね。

「豆腐」に関するコピーをつくってみましょう。3つの案を書いてみます。

一つ目は、「豆腐はやっぱり白かった」。

どうでしょうか。そんなの当たり前です。豆腐があらためて白かったと言われようが、何の響きも感じません。

つまり、「そりゃそうでしょ」と反応する「常識」コピーは、やはりなかなか反応がとれません。

次に二つ目の案。「豆腐の白さは現代人の心の不安を表している」。

聞いた人のほとんどが、「はぁ?」「どういういみ?」と思うだけで理解の境地に辿りつくことができない悔しさを覚えそうです。

このような「よくわからない」と反応される表現は、コピーではなく、「アート」つまり、「芸術」の域に入ってしまいます。

ちょっとこの域のレベルでは、普通の人にはなかなか伝わりにくというもの。

それでは、3つ目の案はこうです。

「畑のステーキという名の豆腐の自己実現」

おそらく反応は、「そういえばそうだ」「言われてみればそうだなぁ」ではないだろうか。

このような「そういえばそうだなぁ」に位置づけされる表現を「コピー」というのではないでしょうか。

当たり前の「そりゃそうでしょ」という「常識」に非ず、「よくわからない」という「芸術」にも非ず、「そういえばそうだ」という位置づけで表現するのが、「コピー作成」の真骨頂だったりする。

つまり、知っているはずなのに、言葉にできなくて眠っている、「暗黙知」みたいな部分を上手に突いて表現させること。

余談ですが、ソフトバンクの孫正義社長が会社設立当時に、「この会社は豆腐だ。一丁、二丁と数えるようになるのだ」という名言がありました。

これは、会社の売上を一兆、二兆と数えるまでに成長するという比喩表現ですが、これもいうなれば「コピー」表現。

ご立派な会合を「笑顔の仮面武装会」とか、「勢いよく立ったら降りるのが次の駅だったときのようにホッとした」とか。

強いコピーは強い普遍性

ほとんどの人は、広告をつくるときに、平凡な表現を避けようとします。独自性を出そうとしたり、奇抜さを追求しようとしたりして、できるだけ変わったものをつくろうとする。

おそらく、その根本には、変わったものが強い、独特で非凡なものこそがエラくてすぐれている、という考え方があるのでしょう。

たしかに、変わったものや非凡なものには、表現としてのインパクトがある強いコピーです。

ですが、あまりにも非凡で独自性がありすぎると、一部の人たちに対しては伝わるかもしれないが、それ以外の人たちには通じないこともある。

平凡すぎず非凡すぎないコピーを書くには、「普遍性」がカギとなる。強い普遍性を醸し出せるのが、強いコピーになる。

ちなみに、普遍とは、「広く行きわたること」「すべてのものに共通していること」という意味。

例えば、「ユーチューブスペシャリティ」というコピーは「ユーチューブを特化した専門家」という意味ですが、すぐにユーチューブの達人とか、ユーチューブの配信が凄い人というイメージは沸いてきません。

では、「ユーチューバ―」ならどうか。すぐにユーチューブを専門とする人とか、ユーチューブに関するすごい人という印象が伝わります。

独創性を持たせ、尚且つ普遍性も持たせる。それでいて、強さを醸し出す。

これが、なかなか難しい。

発想は論理の力で生み出される

思えば一昔前のスポーツの世界は「スポ根」という言葉のとおり、「とにかく練習しろ、練習しまくれ、走れ走れ、跳べ跳べ、跳びまくれ」と根性論がまかりとおっていたが、もはや今では論理的且つ、科学的に取り組んでいるように思う。

どの競技でも、フォームや一歩あたりの歩幅なんてことまで科学的に分析し、最大限に能力を発揮できる方法論を追求しています。

「気合だ!気合だ!」で有名なアニ○ル浜口さんは、気合を口にするのはある種のパフォーマンスで、実際のトレーニングは、すごく丁寧でしかも科学的根拠にしたがった緻密で論理的な内容だとか。

スポーツの世界だけでなく、昔は、精神論や直感論といったアナログ的なものにたよるしかなかったのかもしれない。

というのも人間は典型的なアナログ。人間が生み出す力は直感、精神、感情というデジタルのかけらもない、抽象的な生き物だから。昔も今も、おそらくこれからもしばらくは。

ですが、時代の進化とともに、デジタル的な論理を解明されていくなかで、アナログの人間がその力を利用することで、とんでもないパワーを発揮しつつあるのが、今の世の中だ。

つまり、人は論理の力を使わない限りは、直感も、発想も生み出す事はできない。

優れた「キャッチコピー」は一見、突然ひらめいた発想や直感によるものだと思われがちだが、その事実はほとんど稀な事。

100m走を10秒台を切るのは、発想や直感によってなしえるものではない。読み手にささるキャッチコピーも、これまた発想や直感によってひらめくものではないのです。

論理的に思考し、ただひたすらトレーニングや練習の積み重ねによってようやく発想する。

多くのコピーをまずは「見る」、わからないことは迷わず「訊く」、理解するためには、時に「話す」こともやってみる。それからひたすらにとにかく「書く」。

クリエイトするとはこういうことだと思う。見る、訊く、話す、書く。この論理的すぎるほどの無限ループをひたすらにトレーニングする。

これ以外の方法があるだろうか?

あるかもしれない、でも今は、こうするしかないのだ。

元大リーガー「イチロー」選手のように、毎朝カレーでなくてもいいが、ストイックに練習する心構えと決意。誠実にがんばる姿勢がモノと人との関係性をクリエイトするのだ。