サディズムな“ 快 ” PSYCHO-PASS(サイコパス)の奇態

サディズムな“ 快 ” PSYCHO-PASS(サイコパス)の奇態

───「恐怖」を知らない恐怖…

早速ですが、あなたに5つの質問をさせてください。

回答方法は、AとBの2つから選びます。

正解・不正解を問う問題ではありません。

それでは始めます。

【質問1】

ある豪邸に強盗が侵入した。強盗は金品を盗み、家を荒らし、夫婦を殺した。そこへ娘が来てしまった。娘は笑顔で強盗をもてなした。なぜか?

A:両親に恨みがあったから

B:刺激すると自分も殺されるから

【質問2】

C子とD子は親友です。二人とも孤児に生まれ必死に勉強し、手を取り合って事業を起こし成功を収めた。お金持ちになったC子はある日、D子を殺した。なぜか?

A:事業を独り占めするため

B:自分の過去を知っているから

【質問3】

ある冬のことである。あなたは親友と同部屋にいる。暖炉に火をつけようとした親友が、誤って体に火をつけてしまった。悲鳴を上げる親友。さて、あなたはどうしますか?

A:すぐに水をかける

B:何もせずに見ている

【質問4】

自宅の電話機に盗聴機が仕掛けられていた。誰が仕掛けたと思いますか?

A:ストーカーや犯罪者

B:友人

【質問5】

あなたは友人からお金を借りている。しかしあなたはお金をいつまでたっても返済しない。なぜか?

A:お金がないから(返せない諸々の理由)

B:借りた覚えがない

以上です。

もし気分を害されたのであれば、あさましい質問であったことをお詫びいたします。

疾しさを感じますが、続けて話を進めさせて頂きます。

あなたのすぐ隣にいる仮面を被った猟奇的人格者

さて、冒頭すぐさま設問にお応え頂きありがとうございました。

ご回答いただいたのはAとBの2択でした。

もうすでに、あなたはお気づきでしょう。Aの回答はいわゆる一般的な「正常な人格者」の回答例だと判断だして頂けるかと思います。

一方、Bの回答は然もや「愉快犯」「快楽犯」を想像されたかもしれません。

ありえないようなウソをつき、常人には考えられない不正を働いても平然としている。

ウソが完全に暴かれ衆目に晒されても、全く恥じるそぶりさえ見せず堂々としている。

「自分は不当に非難されている被害者」「悲劇の渦中にあるヒロイン」であるかのように振る舞いさえする。

平気で経歴を詐称する。過去に語った内容とまるで違うことを平気で主張する。矛盾を指摘されても「断じてそんなことは言っていません」と、涼しい顔で言い張る。

極端に自己中心的で、慢性的な嘘つきも後悔や罪悪感が無く、冷淡で共感性に欠如した反社会的な正常から逸脱した気質を「サイコパシー」と呼ぶ。

反社会性パーソナリティ障害と診断されたサイコパシー気質の高い人種を「サイコパス」という。

Bの回答事例は、サイコパシー気質の高い人物が答えるであろう事例を記しています。

尚、上記の5つの質問は数ある「サイコパス診断」の中から一部を抜粋したもので、仮にBの回答数が多かった場合も、サイコパス診断されることはありません。

あらためて、不躾な質問であったことをお詫び致します。

だが、「サイコパス」は私たちの周囲に普通の人間のように紛れ込んでおり、高い確率であなたのすぐそばに存在しているのだ。

今日もあなたや、あなたの同僚や友人、家族を巻きこんでいるかもしれない。

サイコパスの特徴

村に殺人鬼がやってきたときに、みんなで隠れていたとします。息を潜め、音を立てないようにしなければいけないその状況で、ある赤ちゃんが泣き始めてしまいました。

殺人鬼に気付かれたら、あなたも含めた村人全員が皆殺しにされてしまうかもしれません。

さて、その赤ちゃんをあなたはどうしますか?

ほとんどの人は「なんとかして声が漏れないように工夫する」と答えます。

しかし、整然とし表情で、迷わず「絞め殺す」と答える人もいる。

あなたが外科医だとしましょう。

心臓、肝臓、腎臓など、それぞれ別の箇所の臓器移植を必要としている患者が目の前に5人います。そこに身元不詳の、若くて健康で家族のいない青年が1人やってきました。

もしこの青年の臓器を5人に分け与えることができれば、5人が生きられる。1人を殺して5人を助けるか、1人を助けて5人を見殺しにするか。どちらにしますか?

普通の人は、「健康な人を殺すなんて……」と葛藤するものです。

だが、サイコパスは、1人を殺す方を選ぶ・・・。

そのほうが合理的な判断だと考えるからだ。

この事から、サイコパスは、「他者に対する共感性」や「痛みを認識する部分の働き」が、正常人と大きく異なる気質があると思われます。

罪の行為を理解していないのか、心の痛みを感じとれ精神病者の一種なのか。

いや、サイコパスはわかっている。自分の行為は全て巧みに計算されたことで、何もわかっていないわけでな決してないのだ。

ただ、ばれないウソを平気でつく、常に計算高く周囲の人を自分の思う通りにコントロールしようとする行為を、「悪い」とは思わず、彼らにとってそれは「快」。

人は誰しも、ウソをついたり、他人に迷惑をかけてしまったり、過ちを犯した時、たとえ反抗的な人であったとしても、罪悪感に責められ苦悶の表情をみせるものだ。

しかし、サイコパスは異常なほどの冷淡な表情を貫き、時に、目が笑っていない笑顔をみせ、見ていて不気味な違和感を感じる。

猟奇的な殺人鬼というイメージが強いサイコパスは、皆凶悪な顔つきや目つきなのではと思いがちだが、普段は目がトロンとしていて顔全体の輪郭がぼやけたような虚ろな表情であることが多い。

身近に存在する「捕まりにくいサイコパス」

もともとサイコパスとは、連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念で日本では「精神病質」と訳されている。

サイコパシー気質の高い人物は以下のような特徴がある。

  • 他人の悲しみや喜びに対し一切共感しない
  • 自分の目的を果たすためなら平然とウソをつく とにかく口達者で、相手が求めるような会話をいとも簡単にできる
  • 自分の振る舞いによって他人に迷惑をかけようが一切気にならない
  • 自分は優秀で世界の中心に在すると思っている
  • 自信過剰で自慢話が多く、他人に対しては常に見下す傾向が強い 自分の非を認めず、他人のせいか運のせいにする
  • 成果を出すためなら、他人を踏み台にし、騙すことも躊躇しない

・・・

このように、良心や善意を持たない点が目立ちますが、「恐怖」や「心の痛み」が極端に欠如しているのがサイコパスの特徴です。

映画や小説、楽曲・アニメ等で「サイコ」という言葉を耳にした方もいらっしゃると思われます。

それらの作品では、「二重人格者」「凶悪犯罪者」など身の毛のよだつ怪奇的な人格者が描写されています。

しかし、サイコパスは必ずしも映画や小説に出てくるような冷酷で残虐な「サイコキラー」という猟奇的な殺人犯ばかりではありません。

なかにはそんな快楽殺人者もいるが、それはごく少数で、「猟奇的犯罪=サイコパス」というレッテル貼りは誤った認識です。

一次性サイコパシーといって、犯罪など行動的障害を要因とする「捕まりやすいサイコパス」と、二次性サイコパシーといって、冷淡・利己的などの情動的側面の障害を要因とする「捕まりにくいサイコパス」がいる。

実は、この「捕まりにくいサイコパス」は、その本性をあからさまに見せないで、私たちの身近に整然と存在しているのだ。

サイコパスのIQ指数は高いのか?

普通の人とは少し違う思考回路をもつとされるサイコパス。一体どのような理由でサイコパシーな気質をもってしまうのだろうか。

サイコパス的人格は元来の性格、気質などの先天的なもの、つまり生まれつきとして位置付けているとされるが、実は、原因として考えられるものには諸説にすぎず、はっきりとした原因は未だに分かっていない。

ただ、生まれつきとはいうものの、サイコパシー気質の高い人種は、確率的にエリートといわれる、大企業のCEOや、弁護士、外科医に多いとされる。

「泣かぬなら殺してしまえホトトギス──。」ミスを犯した配下の者はクビを切り、自分に歯向かう敵は城下の村ごと焼きつくし、恐怖で部下や人民を支配していたという。

英雄と称され続けてきた戦国武将の一人「織田信長」は、あくまで定説になるが、冷酷残忍極まりない性格だったといわれています。

脳機能画像やDNAなどの証拠が存在するわけではないが、研究によると、彼は「サイコパス」だったのではないかという説は有名な話です。

織田信長という武将、大企業のCEO、外科医に携わる職は、大胆な決断に責められる事が多く、普通の性格では到底勤まらないかもしれない。

しかし、彼らが生まれつきそういった能力があったわけではないはずです。そう考えると、サイコパスは生まれつきのものなのか、それとも生育過程によってそうなるのかについて意見がわかれてしまうのだ。

こういった知能指数の高い人種にサイコパシー気質が高い傾向に在するが、サイコパスが総じて優れた知能を持つわけではなく、一般人と同じように、賢い人もいれば頭が悪い人もいると考えるといい。

IQが高いと勘違いされがちなのは、社会通念上「普通の人はこういうことをしない」とされている倫理的なハードルを、サイコパスは平気で乗り越えてしまう、というより、ハードルなどもとから存在しないかのように振る舞うからです。

普通の人は「自分も他人も、普通はルールを守るだろう」という性善説を信じて行動しています。「ウソをついてはいけない」とか、科学者であれば「科学的なプロセスを踏んだ結果しか許されない」といった常識的なルールです。

しかし、そうした常識的なルールを平気で無視し、しかも一抹の罪悪感も抱かず平然としていられる人間に対しては、ウソや不正を見抜くことはなかなか難しい。それゆえ、「サイコパスは頭がいい」と、一般の人々は錯覚してしまうのです。

これは、正常人と異なるふるまいをする人に特殊な能力を見出したがるという、認知バイアスの心理が働いているともいえる。

ただ、CEOや外科医、弁護士などは二次性サイコパシーに値し、直接的な暴力は必ずしも振るわないものの、冷酷で利己的、正常な人間なら誰しもが持っている「共感能力がない」のです。

その一方で、世間からの評判を異様なまでに追い求めようとする。

他人を情け容赦なく踏み付けにする無慈悲さだけではなく、貪欲に賞賛を得ようとするその性質がプラスに働くため、企業経営者や政治家として成功するのです。

彼らは恐怖心がないためリスクに対する感覚が極めて鈍いので、言葉も態度も自信に満ちあふれている。

普通の人は嘘を云うときだけではなく、大切な場面や大勢の人の前でしゃべったりするときは失敗したらどうしようと思って、多少はおどおどしたぎこちない態度になってしまいますが、サイコパスはつねに堂々としています。

その姿がカリスマ性を醸し出し、昨今、メンタル的に弱く、内気な内向型性格が多くなった現代人にとって、こういった「平常心でいられる平気な性格」に惹きつけられてしまうのだ。

サイコパス人間が淘汰されることはない

さまざまな研究結果により幅はあるものの、100人に1人程度はサイコパスが存在することが明らかになっています。

もし仮に、サイコパスが社会での生存に適さず、完全に排除されていたならば、子孫を残さず、とっくに淘汰されていたはずです。

しかし現実は、どちらにもなっておらず、マイノリティではあるけれども一定数が生き残っているという。

サイコパス人間が、常人とのコミュニティー適さないのは分かるが、約70億の人類の中で、サイコパシー気質を持った人格者がいても淘汰刷ることもないと判断されたからだ。

というのも、リスクに直面しても恐怖や不安を感じない人間、共感性が低い人間、平気でウソがつける人間が、時と場合によっては必要とされるからなのです。

一般人が躊躇するだとうとおもわれる前人未到の地への探検、危険物の処理、探偵スパイ、新しい食糧の確保、原因不明の病気の究明や大掛かりな手術、敵国との外交交渉……など、サイコパスはほかの人間たちができないような仕事を引き受けることで、人類全体の役に立ってきた面も私達は知っておく必要があるかもしれません。

少し強引な見解だが、サイコパス、すなわち「良心を持たない人たち」は、人口比率からいえばマイノリティです。しかしサイコパスの存在は、人間がなぜ良心を持っているのか、良心は何のためにあるのかを改めて気づかせてくれるともえいるのではないだろうか。

そして、「気にしない振る舞い」というサイコパシー気質は、逆説論として認識すると、これからの現代人にとって、必要とされるスキルとして捉えられるかもしれないのだ。

サイコパスに習う現代人のスキル

サイコパスの嫌われるかもというような「他人の目を気にしない」「恐れも全く気にしない」気質は揶揄されるも、良い意味での鈍感力を発揮した外向性と自分の感情も他人の感情も一切切り離すことが出来るメンタルの強さに魅力さえ感じる人達も少なからずいるという。

確かに、サイコパスでない人のすべてが善人ではないように、すべてのサイコパスが悪人であり犯罪者予備軍というわけではないことは理解できる。

サイコパスに魅力があるというのなら、他人の気持ちが理解できないので、自分が本当にしたいことを迷いなく実行できるその性格、他人の顔色や気持ちを気にすることなく自分の思うがままに行動する姿に、人は憧れを抱き魅力を感じているのではなかろうか。

SNSの浸透に伴った「他人を気にしすぎる」過剰な人間関係の構築に疲れた人たちが、サイコパシー気質を羨ましく思うのも無理はないかもしれない。

他人の表情や言動を読み取りすぎてしまうがゆえに、他者への共感力や思いやりの気持ちが逆に自分を苦しめる要因になってしまっている。

他人を気づかうことが自分の苦しみに繋がってしまうのはなんとも皮肉です。

さて、今回「サイコパス」を取り上げたのは、人は時に、「気にしない」「他人に左右されない」能力を身に着けておく必要もあるということです。

他人から批判や誹謗中傷を受けた時に、軽く受け流す才覚のことを「スルースキル」という。

批判を受け流すことができれば、周りの人間と衝突することはありません。

真面に何もかも受け止め、批判に対し一度でも反論してしまうと、売り言葉に買い言葉で収拾が付かなくなってしまいます。

これはネット上だけに限りません。

特に、仕事上の付き合いであれば、業務に差し支えるようなトラブルは避けなくてはいけない。

現実の世界において、「気にしない」サイコパシー気質の面を持つことでコミュニケーションは今よりもっと円滑になるであろうと考察している。

ストレスが溜まる相手や、ヘイトばかりのSNS。

最近では言葉によるものばかりでなく、「不適切な動画」投稿も目立つ始末となっている。

そういったストレスの元凶となるものに触れない、影響されない、時には近づかないようにすることも必要ではないでしょうか。