できないかもしれないを助長する「思い込み」の扱い方

できないかもしれないを助長する「思い込み」の扱い方

やりたい事を現実化するためには、「イメージする」事から全ては始まる。

とはいえ、イメージできないことは現実化しないのかといえば、そんなわけはない。

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ということわざがあるように、あてずっぽうで手当たり次第にたくさんやってみれば、中にはまぐれ当たりすることもあります。

しかし、時間的な制限や当るまでの根気力とかを考えると、手当たり次第はあまりに非効率かもしれません。

そう考えると、やりたいこと、現実化したい未来、こうなりたい理想像などを頭の中に「イメージ」させることは、目的地がハッキリと分かるので手段を選択しやすくなるメリットがあります。

僕たちがやりたいことを「イメージ」するとき、ほどんどが「経験」の範囲内でしようとするはずです。

体験の功罪

経験とは、やったことがある「体験」だけでなく、やったことはないが、見聞きしたことはある「未体験」も経験のうちです。

そして、この「未体験」をいかにイメージするがが、「やったことはないが、できるかもしれない」を可能とする。

しかし、僕たちは経験を頼りにイメージしようとしても、それを妨害しようとする厄介なことがある。

それは、自分に対する「思いこみ」。

人は自分自身に対する強い「思い込み」を持っています。

心理学では「セルフイメージ」と呼びます。

セルフイメージとは、「自分について、抱いているイメージ」のことを指し示しています。つまり「自分に対するイメージ(印象)」のことです。

自分のことをどんな人間だと思っているか。何が得意で、何が苦手か。自分は周囲からどう見られいるのだろうか、など。

つまりセルフイメージは、他人から見たあなたではなく、自分からみた自分、すなわち「思い込み」です。

人は成長するにつれて、自分の経験、成功や失敗、他の人が自分にとった態度、親や先生や友達など、周りの人からの意見などによって、無意識の内に、知らず知らずの内に、「セルフイメージ」というものが、作られていきます。

そして、「自分はこういう人間だ」という「思い込み」として、自分のなかに定着すると、それを真実だと思い、その真実に従って行動するようになる。

つまり行動から、「セルフイメージ」が形成されるというよりも、「セルフイメージ」から行動が生まれるのです。

そしてその行動や経験によって、「セルフイメージ」をさらに強化してしまいます。

思い込みが強い自分の中の「セルフイメージ」と、やったことはないがやってみたいという「未体験のイメージ」阻害しようとします。

未体験のことを「自分だったら」という置き換えイメージをしようとしても、元々の思い込みが強いセルフイメージがどっしりと居座っているので、上手くイメージできないことがあるのです。

というのも、人は未経験のことを実行する際、僕たちは「過去に経験したことの範囲だけ」で物事を判断しようとするからです。

人間の学習システムというものは、過去から学ぶようにデザインされているので、これは自然なことかもしれない。

だいたい、自分が知らないことに挑戦することは、感情的に心地良くありません。特に仕事で失敗したら、責任を問われたりするリスクもあります。

だからこそ、完璧な予測などできないと分かっていても、人はやれるかどうかをを「経験」から判断しようとする。

僕たちは生まれてから現在に至るまで、さまざまな体験を通して多くのことを認識し、自分なりの意味づけや分類をしながら、記憶するという作業を無意識のうちにしています。

自分なりの意味づけや分類をして記憶するとはいっても、それはこれまでの環境によって記憶の定着は違ってくる。

たとえば幼いころから「勉強できない子だな」とか、「歌は上手ではない子だな」とか、「いつも何かがヌケてるな」などと、悪意がなくても何かの拍子で言われたとします。

すると、たとえ一回の経験だったとしてもその子の意識の中にすとんと入ってしまって、それが「思い込み」と呼ばれるものに変容していったりすることがある。

この「思い込み」が一番厄介なのは、意識の中にストックされた思い込みに基づいて、「自分フィルター」のようなものが作られしまうのである。

この自分フィルターは自分の意識の中にある思い込みとマッチするものであれば通過し、マッチしないものは通過しないという性質を持っている。

「ぼくは頭が悪い」という思い込みであれば、人に再びそう言われると傷つきます。それは、自分の持っている思い込みとマッチして、フィルターを通過し、その言葉をダイレクトに受け取ってしまうために起こるからです。

いくら周りから「頭いいね」と言われたとしても、思い込みとマッチしないのでフィルターを通過することができません。

「どうせ、バカな自分をあわれに思って励ましてくれているだけなんだ」とか、「お世辞を言って、陥れるつもりかも」などと、卑屈な見方をしてしまったりしする。

さらに、僕たちの意識は、自分の思い込みや信じていることを証明すべく、常にセンサーを働かせています。

「ぼくは頭が悪い」という思い込みであれば、「頭が悪い」エビデンス(証拠や形跡)を常に探してしまうのです。

そして、何かにつまずいたり、期待通りの結果が出なかったり、失敗したりした時には、それがエビデンスの材料としてすぐさま成立させてしまう。

うまくいった体験をしたり、たとえ周りからどんなに褒められたりしても、意識の中にマッチするものがないので、それらのよいことはフィルターを通過せず、よいことに気づかないか、賛辞を自らはねのけてしまうのです。

このように、体験を分別して、自分の中に自分の思い込みの証になる事象を体験する度に、その思い込みをさらに強化させてしまうという連鎖が起こっています。

これが僕たちが持つ負の「思い込み」で、結果的に願望実現を邪魔する存在となることが多いのである。

思い込みは「消す」のではなく「置き換える」

一般的に「思い込みが激しい」などと言われる人は、自分フィルターを通して、エビデンスを成立させ、私的な判断や意味づけを下していることが多いようです。

日常生活の中で笑い飛ばしたり、会話のきっかけや潤滑油になる程度のことならいいだが、自分フィルターを通した独自の判断だけで、開かれている可能性を封じ込めてしまうような決めつけは、変化させる必要があります。思い込んでいることは変えられない不都合な真実だと、本人は「思い込んでいる」のですが、まずは「気づく」ところから始め、自分で認識しなくてはいけない。

セルフイメージというのは、先ほども言った通り、思い込みによって決まるといっても過言ではありません。

とはいえ、思い込みを完全に消し去ることはできません。というより多分むりでしょう。というのも、思い込みがあるからこそ、セルフイメージというモノが存在するわけで、セルフイメージを持たない人はいません。

なので、ネガティブな思い込みを、ポシティブな思い込みに変えることが必要なのです。

つまり、これまでの「体験」によってすべてを判断し行動しようとするのではなく、やったことはないが見聞きしたことはある「未体験」を経験にすることができれば、これまでのネガティブな体験にたよっていたことが、ポシティブな未体験の力によって、ネジ伏せてしまえるはずなのです。

未体験を経験にするには「自分だったらどうか」という置き換える力によるイメージをすることから自分を変えるためのすべての始まりです。

※ 未体験のイメージに関する詳しい内容は、以下の記事をご覧ください。

経験値を飛躍させ「できそうにない」を「できる」に変える方法

ネガティブな体験は自分フィルターをとおしてマイナスの思い込みのエビデンスを成立しようとしするが、反対にポシティブな体験は自分フィルターをとおしてプラスの思い込みのエビデンスを成立させようとします。

思い込みを大抵は悪い印象として受け止めてしまうが、その思い込みにばかりフォーカスしても、体験に基づく思い込みを消し去ることはできません。

思い込みは、決して悪いものではありません。

フロー現象(すべてがひとつの流れのようにスムーズに進み、最高の力を発揮できる状態)とか、強運体質などと言われるように、よい思い込みがよい連鎖を呼び、望んでいた以上の現実を創造する強い味方なのです。

否定的な思い込みにしばられていた過去の自分は周りの刷り込みにより作られたセルフイメージなだけであって、本来の自分ではありません。

今から作ろうとするセルフイメージことが、自分らしく生きているのが本来のあなた自身なので、一度変化させることができたら、永続的な効果が持続するようになるといえます。