リアルな現実世界の無駄な時間は、もう一人の自分

リアルな現実世界の無駄な時間は、もう一人の自分

あなたは、本当に大切なことに時間を使えていますか?

ディズニーの代表キャラクター・ミッキーマウス。

そんなミッキーが「世界のディズニーテーマパーク内でただ1人」という噂はご存知でしょうか。ミッキーは魔法で世界各地に移動しているというのです。

ディズニーテーマパークは、東京・香港・北京・パリ・アメリカ(だったかな?)と、世界各国にあります。

たとえ国をまたいでいても、必ず同じ時間帯には現れないらしい。

東京ディズニーでミッキーが何らかのショーにでている時間帯と重なる時間に、北京ディズニーでは必ず登場しない。

というミッキー特有のタイムスケジュールを管理し、世界にミッキーは1人(正しくは1匹)しか存在しない。というある意味夢のある話です。

もちろん、「世界に1匹」といっても、存在するミッキーマウスがただ1体のみで、それが世界を回っているということではないでしょうから、たとえ国をまたぐレベルであっても、同時に複数の場所には決して現れないよう、ディズニーサイドはミッキーの「スケジュール管理」をそこまで徹底している、といった趣旨の話でしょう。

この都市伝説が事実かどうかはわかりませんが、僕たちの「時間の大切さ」を学ぶ、当たり前だけど見落としがちな気づきがある。

ミッキーマウスが日本で出現している時に、他の国では出現することができないように、あなたもこの世に1人しかいません。

あなたがどこかで何かをしている時は、あなたが他のどこかで何かをすることはできません。

「何かをしている時は、何かをしていない」ということ。

「寝ている時は、仕事をしてない」

「SNSを見ている時は、勉強をしていない」

「友達と居酒屋で飲んでいる時は、家族と過ごせていない」

人はこうやって、その時間で何をするかを選択し、行動しています。

よって、何かをしないことを増やさないと、本当に大切なことをする時間を増やせないということです。

人の人生は常に「ライブ」

これは、仕事で成果を上げ、良き人生を送っている人の共通点でもあります。

今している「SNS」は、あなたにとって、本当に大切ですか?

人の人生は常に「ライブ」です。

AKB48にいくら人気があるからと言っても、福岡でライブをしている時に、同時に東京でライブをすることはできません。

通り過ぎていく二度と戻らない時間を、本当に大切なことへ費やし、その時一瞬一瞬を一生懸命生きなかったら、もったいないと思いませんか?

ダイエット中だから、という人が何度も間食をして、気づけばいつの間にかカロリーオーバーしていた、というのと同じで、時間も結構、無駄な過ごし方をしてしまっている。

1日に、何度も何度も、「SNS」ばかりをする人は相当います。

1回に割く時間はわずかでも、1日のトータルを合算するとどのくらいの時間を使っているだろうか。

もちろん、本当に必要な時もあります。仕事関係とか、緊急の時とか、「SNS」は楽しいものではあるが、非常に便利で効率がいい。

だけど、相手の発信を見る場合は、相手の時間を過ごすことで、反対に自分で発信する場合も、結局はその反応を見るためにチェックする。つまり、相手の時間を過ごしているのと同じです。

自分にとっての大事な時間。やるべきこと、優先度の高いことは何か?

「時間がない」は本当か?

限られた時間の中で、無駄な時間を過ごしている人に限って、「時間がない」っていいます。

「時間がない」という悩みに対して、よくある回答として「時間はつくるものだ」といったりする。

ここでいう「つくる」とは、散らかった部屋を片付けて、不要なモノを捨て、空きスペースをつくることに似ている。

つまり、無駄に使っている時間を排除する必要があるということ。

とはいえ、いざ「無駄に使っている時間」を探そうとしても、すぐに「無駄」と思えず、すぐ排除すべきだと気づけないことの方が多いでしょう。

そうなると、そこから先は「乾いた雑巾を絞る」ような困難さに直面することになります。

では、どうすればいいのか?

これ以上排除できるものがないのなら、そもそも排除の対象になっていないところに目を向けるしかありません。

部屋の片付けであれば、物理的に動かせない家具や思い出の品、あるいは毎日のように使っている生活必需品(机、冷蔵庫、テレビなど)がこれにあたる。

時間でいえば、毎日欠かさずやっていることに注目します。

例えば、毎朝出社した直後は必ずメールチェックをするということであれば、本当に朝にやる必要があるのかを改めて考えてみることです。

例えば、出社直後は一仕事を終えるまではメールを見ないようにすることで、新たに時間が生まれるかもしれない。

メールチェックのような「終わりのない仕事」は後回しにして、空いた時間にサッと行うようにすることで、時間の消費を抑えることができるはず。

時間をうまく活用して成功を収めた人たちは、こうした「やめる」あるいは「失う」といった経験を乗り越えているもの。

時間をつくることにも同じことがいえる。

今手元にある「常識」を1つ捨てることは、「常識」を1つ手に入れることになるのだ。

本来、時間はお金のように、あるいはお金よりも大事なものなのに、なぜかお金のように大切に使えている人はあまりいません。

1万円は浪費しないように大事に使い道を考えるのに、1日を何気なく過ごしてしまう人が多い。

これは、時間が貯められないのも理由の1つにあると思う。

お金は自分から使おうとしない限り減らないが、時間は自分が何をしていようとも常に流れ続けるもの。目に見えず、触れられず、実体がないものですので、意識しない限り時間を使っていることを忘れてしまう。

連続的に自動的に過ぎていくものですので、どうせ勝手に過ぎていく、過ぎてしまってもどうせまた次があると錯覚してしまう。

いつまでも今日と同じように明日が来ると思い、同じような日々が永遠と続くかのように思ってしまうからこそ、何気なく浪費することに対して違和感を感じないのでしょう。

ネット世界で生きる、もう一人の自分

僕は、「時は金なり」という言葉を聞いて時間とお金ってどちらが大切なのだろうかと疑問に思う。

時間はお金くらい大切なことと言っている割には、時間はお金に比べて軽視されがちです。

何となく、時は金なりからは、時間よりお金の方が大切だというニュアンスが伝わってきます。

というのも、お金だけじゃ幸せになれないなんてよく言われるが、その「お金を稼ぐだけで人生を終えてしまっている人がほとんど」でしょう。

本当は、自分の時間を目一杯に楽しむために、お金を稼いでいるはずなのに、お金を稼ぐためにお金を稼いでいるみたいな、そのお金を稼ぐためにほとんどの時間を割く人生があたり前になっている世間の現状が、非常に残念に思えませんか?

人は「習慣」を持つ生き物だが、なぜこんなにも変わることが難しいのだろうか?

いくら変わろうと努力しても、自分が身につけてしまった「習慣」を変えることができなければ、現実を変化させることは難しい。

しかもその習慣は、年や経験を重ねれば重ねるほど定着し固定され、頭も固くなっていきます。

今では、無限と言えるほど情報知識が溢れており、インターネットなどで情報や知識を入手する手段も次々と開発され、既存の情報や知識を2倍にする所要時間が、10年、5年、3年と、どんどん短くなり、目が回るほどの速い変化が続いています。

問題は、こんなにも速い科学技術のバージョンアップと社会の変化に、個人の生き方が対応できず、価値観もバラバラになっていることです。

何が正しいのか、誰の言うことを聴けば良いのか、あまりにも「良さげな情報」がありすぎて選択できないでいる。

そして、方向を見失い、時間を無駄に過ごしてしまっているように思う。

1日のなかで、リアルな現実社会で生きる人達と、ネットの中のバーチャル世界で生きる人達の割合が逆転してしまう事があった時、いったい世の中はどうなってしまうのだろうか。

「SNSでつながる」といわれているが、その世界の中でしか、繋がっていない架空の自分が、そこにいないではないだろうか?

本当の自分は、ただ、それを眺めているだけでリアルな「時間」過ごしている。