空気読めない?「無神経な性格」を改めるにはどうすればいい?

空気読めない?「無神経な性格」を改めるにはどうすればいい?

本人に「悪気」はないらしい。

いつもはいい人。普段はやさしい人。

けど、ふとした時に、とんでもなく「イラッ」とするようなことを突発的に言い放つ「無神経さ」を見せつけてくることがある。

たとえば、あなたがある人に深刻な話(困りごとなどの相談)をしている時というのは、何となく暗~い雰囲気が漂ってしまうもの。

あなたは真剣。だからその人にも真剣に聞いてほしい。

なのに、いきなり、全然笑えねーくだらない冗談をいってきた。とか。

(はぁ?・・空気読めよ・・・)って思っちゃいますよね。

本人は、その場のどんよりした雰囲気をなごませようとしているのかもしれませんが、かえってあなたはイラついてしまった。

こんな経験ありませんか?

今回は、ついつい他人を「イラッ」とさせてしまう。無神経な人だと思われてしまう行為についてのお話です。

もしかすると、あなたも知らず知らずのうちに、相手を怒らせてしまう「無神経」な言動や行為をしてしまっているかもしれませんよ。

「無神経」とは

自分の事をすごく気遣ってくれるひとは「親切な人」。ですが、その親切さも度が過ぎると、その人を少し「神経質な人」だと思ったりする事もあります。

ですが、別にイラッとしたりはしません。「そこまで気づかってくれなくてもいいよ。」とか思うわけで、悪い気はしないでしょう。

だが、そんな「神経質な人」とは真逆の「無神経な人」はこまったもんです。

「無神経」とは、感覚が鈍く、感じ方が鈍いことを指します。また、恥ずかしいと感じる気持ちや周囲からの言葉、他人の気持ちなどを気にしないことも意味します。

そして、「無神経な人」とは、他人に対する思いやりや気配りがなく、周囲からの言葉にも耳を傾けることのないいわゆる「鈍感な人」を指す場合が多い。

親切すぎる「神経質な人」は、自覚がありますが、無神経な人は、ほとんど自覚がなく、相手が怒りをあらわとしない限り気づかない達の悪さがあるようだ。

本人は悪気はない。だけど相手を怒らせてしまう。そんな無神経なこととは、どういったことをいうのでしょうか?

さまざまなパターンがありますが、いくつか挙げてみましょう。

何気に相手の見た目をけなしてしまっている。

人は、体型の事をズバッといわれると、すごく敏感に反応します。その人が太っていようが痩せていようが、です。

なのに、無神経な人は、「健康そうだね~」とか、最悪「妊娠中?」とか、うれしくもなんともないことをサラッといってしまうのだ。

基本、他人の容姿のことは触れないようにするのが相手への気遣いです。

例えば薬の副作用で太っているのかもしれません、病気やストレスで痩せているのかもしれません。

無神経は人は、すぐに「見た目」に関することをご丁寧に、見たまま感じたままをサラリと言ってしまう事が多い。

「こんなことを言ったら相手は傷つくだろうか?」など微塵も考えたりしない。特に容姿など「見た目」に関する発言はデリカシーのない無神経な人の代表格といっても過言ではありません。気を付けたいものです。

相手の状況を無視して自分の自慢ばかりする

自慢をする人は多くいます。自慢される事もしばしばあります。はたまた自慢してしまうこともやはりあるでしょう。

ですが普通、人に自慢する時は、その相手の状況を考えた上でするのが気遣いです。

無神経な人は、自分中心的なところがあり、自分の好きなことだけを一方的に話してしまう。自分にとって誇らしいことがあると、聞いてほしい、褒めてほしい、共感してもらいたいと思うのは人情です。

だが、聞き手である「相手の状況」によっては、自慢されて嫌な感じをするどころか、「イヤミ」を言われているとしか受け止めてもらえません。

聞き手に嫌な思いをさせないように自慢をするのは、難しいもの。

自慢するにもバランスというものがありまして、一方的に自分の自慢話だけになってしまうのはよくありません。

相手をほめた上で少し自慢をするとか、自慢話をした後に失敗談や笑い話などのズッコケた「オチ」を加えるなど、自分と相手との会話のキャッチボールをバランスよく保つことが必要だったりします。

無神経な自慢話は、聞き手は一方的に不快感を押しつけられた格好になってしまう。会話というコミュニュケーションのルールを乱す行為は「自分本位な自慢話」なのだ。

ほほ笑ましい自慢と不快な自慢の分かれ目は自慢したことが「浮き彫りになってしまっていないかどうかのバランス」。聞き手への配慮を欠いた言葉選びや言い回しをしないよう、気を配りたいものです。

言っていい事か考えず、思ったことをすぐに口に出してしまう

場の状況を考えず、思ったことは何でもすぐに口にしてしまう。本人の中では悪気がないが軽はずみに口にしてしまう。

「言葉を選ばない」は無神経極まりない行為。相手の言葉を受け止めることと、自分の言葉を発することでは、責任の違いがある。

「一言金鉄のごとし」という言葉がありますが、自分の発した言葉は、重大な「責任」があるということです。

他人から言われた言葉は、うっかり聞き逃しても、「ごめん聞いてなかった!」と言い訳ができますが、自分から発した言葉を相手に浴びせ、それがつい気づつけてしまう言動で、「ごめん、さっき言った事はナシ!」といっったとしても取り返しはつかないといっていいでしょう。

相手が許してくれても、心の中では「無神経な人」だとレッテル貼られてしまいかねません。

なんでもかんでも思いついたままの事をつい発言して、「いらんことを言ってしまった・・」ということは誰にでもある事です。

でも、それで反省できればいいのですが、なんとも思わない人は本当に「無神経」な人です。

残念ですが、このタイプの人には、改めようとしてもなかなか理解してもらえないことが多く、酷い時には「逆切れ」さえしてくる。

残念ですが、対処法が見つかりません。本人が気づかないとどうしようもありません。

なので、「つい、いらんことを言ってしまった・・」と、自ら反省できる人は少し言葉を発言するときは、相手の状況を気遣ってください。

無神経さは「性格」です

「無神経な人」といわれ、ほめ言葉と取る人はいません。でも、本当は「無神経な人」ではなく、「無神経な性格」です。性格とは「クセ」。その人の部分的なクセにすぎないことです。

人は「無神経」といった単語ひとつで、全人格が表せるほど単純な生き物でもない。「無神経な人」と揶揄される人がいても、その良い部分にスポットを当てれば、とても魅力的な人の可能性もあります。

先入観や噂話などに振り回されずに、相手ときちんと向かい合った付き合いを大切にしたいものです。

また、自分の無神経さを改めたいという人は、まずは、感受性を磨き、「話す前に考える癖をつけること」ではないでしょうか?

というのも、無神経だと思われるそのほとんどが、「言葉による行為」がほとんどで、気遣いなしに発したことで相手をイラッとさせてしまう事が多いから。

また、発言する言葉に気を付けることも大切ですが、「聞く側に徹する」意識も大切だったりします。