人をその気にさせる「ラべリング効果」について

人をその気にさせる「ラべリング効果」について

人は良くも悪くも他人に定義されると、無意識にその通りに行動しようとする性質がある。

例えば、「あなたってすぐに泣くよね」と決めつけるようにレッテルを張られると、いわれた本人は、「自分はすぐ泣いてしまう」と決めつけられたイメージを過剰に意識し、その通りの行動をとるようになる。

他人から「あなたは本当にかわいそうな子」と言われると、自分は「かわいそうな子」だというラベル貼りをしてしまう。

他人から「いじめられっ子のあなたはかわいそう」と言い切ってしまうと、その子を本当に「いじめられっ子」だと証明してしまうことになるということです。

人が行動をとるという事は、自分の中で確固たる証明となり、やがてそれは、自分に対する「偏見」となる。

自分の中で「すぐに泣く」「かわいそう」「いじめられている」というレッテルを貼ると、なかなか剥がす事ができません。

なぜなら、人は、自分のアイデンティティを守ろうとする性質があるからです。

ですが一方で、相手に対して「あなたは諦めない子ねぇ」とか、「泣いてもすぐに泣き止む子」などのラべリングをすることでも、その人は自分のことを「そうなんだ」と思い込み、不思議とそのような行動をとるのです。

「あなたはそういう人」という決めつけは“ 偏見 ”です

私たちの多くは大なり小なりの「偏見」を持っています。

生まれた頃から周囲の「偏見」を持ってものごとを見たり表現したりすることを見て学んできたからです。

例えば、砂場で泥んこになって遊んでいる子どもがいたとします。

そこでお母さんが、「泥んこになって汚くてかわいそうね」と言ったとします。それを聞いた子は、「泥んこ=かわいそう」という偏見を抱くようになります。

一方で、お母さんが「あんなに泥んこになってまで、楽しそうね」と言ったとする。それを聞いた子は、「泥んこ=楽しい」という偏見を持つでしょう。

ところで「偏見」とはなにか? 辞書を調べてみると「偏った見解」とあります。もし、あるものごとを一面的にしか捉えられなかった場合どうなるか?

次の例えを見てみよう。

現代の子供にとって遊びのほとんどがゲームである現実は否定できるものではなく、なんらかのゲーム機を所有しているといわれている。

ゲームは視力低下や依存、勉強の阻害、体力の低下など、子供の教育や成長過程に悪影響を与えると批判されることもあり、子供にゲーム機を与えるべきかどうかで悩む親御さんも多いことでしょう。

この場合、「ゲーム=悪いこと」というような一面的に捉えてしまった「偏見」があるとしよう。

「ゲーム=悪いこと」という捉え方しかできていないと、ゲームする子どものことを否定してしまいます。

自分の子だろうと他人の子だろうと、下手をすると自分自身のことさえも。

では、もしここで「ゲーム=学びの機会」と捉え方を変えてみます。

ゲームは、何度も試行錯誤しながらどうすればクリアできるかということを常に考える思考力がつく。同じミスを繰り返さないように注意しながら遊ぶことになるので、注意力が向上する。微妙なタイミングやスピードでボタンを操作する動作で脳が大いに活性化する。・・・

など、前者の「ゲーム=悪いこと」とは正反対の捉え方が生まれる。

このように事柄のごく一部を見ただけで、人や物事などを判断する基準として固定的な評価を下してしまう事を行動心理学では、「ラべリング効果」といいます。

ラベリングは、「ラベルを貼ること」を意味し、「レッテルを貼る」とも言われています。上記の、ゲームに対するラべリングは、「悪いこと」と捉え、「学びの機会」とも捉えることがある。

つまり、ラベリングは使い方によってはプラスの効果を与え、間違った使い方をすれば、悪い影響を与えてしまうわけです。

ノースウェスタン大学の心理学者であるミラーは、ラベリング効果を実証するため次のような実験を行いました。

小学校のあるクラスで、先生が「みんなは、とってもきれい好きだよね」と、繰り返し褒めるようにしたのです。一方、また別のクラスでは、このラベルづけは行われませんでした。

すると、「きれい好き」のラベルを貼られたクラスにおいては、約82%の生徒がゴミを自ら拾うようになりました。一方で、何もラベルづけをしていないクラスでは、約27%の生徒しか、自主的にごみを拾わなかったといいます。

この差はとても大きい。ラベリングは人の行動にこれだけの影響を与えるということを、この実験は物語っている。

知らないあいだに刷り込まれた「ラべリング」

私たちは、さまざまなところで「ラべリング効果」によって、合理的とはいえない「思い込み」と「偏見」を刷り込まれてしまうものです。

たとえるなら良くあるのが「血液型の性格診断」

  • A型は、マジメで几帳面
  • B型は、マイペースで自己中心的
  • O型は、社交的で和を重んじる
  • AB型は、二重人格で変わっている

血液型と性格の関連性はラベリング理論により、A型の人は、A型のように行動しなければならないと思いこむようになり、結果、A型の特徴である「マジメで几帳面」な行動をとるようになります。

少し話がそれてしまうが、謎の血液型ブームが加速する中で、「良い」血液型と「悪い」血液型に分けられ、「悪い」血液型の人たちに対して差別的な言動が飛び交い問題になったことも記憶に新しい。

その後、血液型診断は人々から避けられ今ではすっかり姿を消しつつある。事実、血液型診断は国内でしか使われていない何の科学的根拠はないと判明されている。

ゲームに対するラべリング、血液型の性格診断に対するラべリング効果は、他人によって貼られた「偏見」です。

すると、「偏見」とは「ラベリング」と捉えることができます。

「クラスで暴れるA君は自分勝手」

こんなラベリングを外すことができたらどうだろうか?

A君はなぜ暴れているのか、その理由を彼自身とか性格とかに求めることなく別の理由を探し始めることがでる。

「なんで暴れているんだろう?」という問いだけではなく、もしかしたら「なんでA君はB君のことを叩いているんだろう?」 という問いが生まれるかもしれません。

「暴れる」だけだと、誰かを叩いているのか、床でジタバタしているのか、物を壊しているのかなど、具体的なことがわかず対処ができないが、もっと細かい「行動」を見ることができるようになると、「クラスで暴れるA君は自分勝手」という偏見から脱することができる。もっと根源的な理由にたどり着くことが可能になるのです。

少しややこしいかもしれませんが、必要な時にはラベリングをやめることができると不要な争い、不要な貶め、不要な摩擦を避けることができるのです。

脱ラベリングで「行動」に目を向けることができ、「行動」に目を向けられると、5W1Hの問いをもつことができる。すると、物事をさらに的確に捉えることができるようになるものです。

「その人の人格」にラベル貼りをするのではなく「その人の行動」に目を向ける

他人の事を全面的にラベリングしてしまうのをやめて、「行動」に目を向け始めた瞬間から、ものごとの根本解決に一歩踏み出していると言えるのではないでしょうか。

もしかしたら、あなたも他人や物事に対するラべリング、然るに自分に対してのラべリングで、偏った見解になっているかもしれません。

すでに植えつけられてしまった偏見=ラべリングをはずし、多面的に物事を捉えてみよう。

人間は誰しもが、プラスの側面もマイナスの側面も持ち合わせています。一部の、しかもマイナスの側面だけを見てラベリングするのではなく、多面的に評価しプラスの側面をラベリングすることが大切。

そして、周囲がその部分を認めていくことが、何より重要です。

ただし、他人に「こうしてほしい」「ああしてほしい」「こうあるべき」と、自分の価値観を一方的にラべリングするのはNGです。

心がける事は、他人の「いいところ」を見つけ、すかさずそれを「コトバ」にして伝えること。

尊敬している人のラべリングは効果大

ここで、強力にラべリングの効果を発揮させる方法をご紹介します。

それは、自分自ら相手に対して「やる気がある人ですね」と直接伝えるのではなく、「○○さんが、あなたのことをやる気のある人だといっていましたよ。」

と、いうように間接的に相手に伝えるのです。子供に、「先生があなたの事を本当に強い子だっていってたよ。」というように、その人が信頼している人や尊敬している人から間接的なラべリングはより効果を与えるのです。

あなたにも、経験があるのではないでしょうか?何気に自分が、知らない所で認められていると妙にうれしくなってしまうことがあったはずです。

褒め方が上手な人は、自分の言葉だけでなく、“ その人にとって尊敬している人の言葉を利用する ” といわれています。

多様してしまうとかえって不自然になってしまうが、褒め方の方法として是非とも取り入れてはどうだろうか。