経験値を飛躍させ「できそうにない」を「できる」に変える方法

経験値を飛躍させ「できそうにない」を「できる」に変える方法

「やったことがないから」

「聞いたことがないから」

「見たことがないから」

何もしないうちからできない理由をあげてしまうのはなぜか。

それはおそらく「経験」したことがないからという理由にしてしまってはいないだろうか?

確かに経験したことなら、多少なりとも「自信」があるため「できる」、と思うでしょう。

というのも、経験したことがあると、どうすればできるかが、頭の中にちゃんと「イメージ」されるからです。

頭の中で、「できた時のイメージ」が記憶されていれば、できると確信するだろうし、反対に「できなかった時のイメージ」が記憶されていれば、できないと思ってしまいます。

だが、「経験がない」ということは、初めての体験なので、できるかできないかはわからないはずです。

なのになぜか、経験がない=できない(できそうにない)と思ってしまいがちです。

経験の大切さというものを痛感することは多くあります。

「経験を積む」「経験不足」などという言葉を頻繁に耳にすると思いますが、それだけ、経験の積み重ねは新たな挑戦を司る重要な要素ということです。

あなたは、「経験」とはどのようにして積み上げていくものだと考えているだろうか。

社歴や勤続年数? それとも成果や結果を出した数?

そうではなく、経験というものは、数や期間で表わされるものではないということを、まずは理解することがスタートです。

「経験」 ≠ 「体験」

「経験」とは、自らが行動した上で、その知識や技能等を身に付けることをいいます。

「経験」と、似て非なる言葉に「体験」という言葉がありますが、あなたはこの2つの違いは理解しているでしょうか。

簡単に言うと、次のように表すことができます。

「経験 = 体験 + 未体験」

つまり、体験とは、経験のなかにふくまれた部分的な行為だということです。

もう少し詳しく説明すると、「体験」とは、自分が実際の行動を通して感じたことであり、他人の行為を介さない主観的(自分がやったことがあること)な行為をさします。

一方で、「経験」とは、自分が「やったことがある体験(主観的な行為)」に加え、自分が「やったことがない他人の知識や行動(一般的)」をみたことがある、聞いたことがあるというすべてのことをいいます。

大抵の人は、経験を自分が「やったことがある(体験)」の事だと認識しているようです。

そのためか、やったことがないことを言い訳に、できそうにない、などの「経験不足」をできない理由にしてしまう傾向にあります。

多くの人は、経験を積むというと、自らが「体験」する機会を重ねていくことだと考えているかもしれません。

確かに、「体験」するということは、他の誰でもない自分自らの行為そのものなので、何よりも確かな経験として、自信の中に蓄積されていきます。

それだけ、他人がやっていることを見たり聞いたりするだけでなく、自らが行動してみることが「できる」「できない」を判断する決定要因なのかもしれません。

ですが、ここでよく考えてみて下さい。

体験してから「できる」、体験したことがないから「できない」と判断するのはああまりにもおかしいとは思いませんか?

この「体験」するという経験は身につくものが多い反面、致命的な問題を抱えています。

それは、一人が「体験」できることには限りがあるということです。

「求めている体験」と「求めていない体験」

一般的にいわれている「やったことがある体験」は、自分自らが行動することではあるが、条件やタイミングなどが整わなければ体験することができません。

体験にも「求めている体験」と「求めていない体験」があります。

「求めている体験」とは、例えば海外旅行に行きたいと思った時、旅行費、日にちの確保、旅行用品など、自分でどうにかして「条件」や「タイミング」を整わなければ体験することはできないはずです。

一方、「求めていない体験」とは、条件やタイミングが自分がどうにかしなくても、すでにそこに整っていて、それは「やりたくはないがやらざるを得ない体験」だったりする。

仕事においての体験は、もしかすると「求めていない体験」がほとんどだったりかもしれません。なぜなら、求めている体験は条件やタイミングが整うことはかぎられているからです。

さて、「求めている体験」と「求めていない体験」のどちらにしろ、体験するには、条件やタイミングが整っていなければ「体験」することはできないため、思っている以上に限られていることはわかるはずです。

なのに、「体験 = 経験」をできる、それ以外を「できない」と判断してしまうと、「できること」はすごく限られてしまうことになります。

しかし、ほとんどの人が、できない理由を「経験不足だから」と決めつけてしまうことが往々にある。

もしかすると、あなたも勝手にそう判断してしまっているかもしれませんが、どうでしょうか?

体験したことがなくとも、「できるかもしれない」といえるだろうか?

未体験のイメージ力

行動力がある人、何でも挑戦しようとする人は、体験したことがなくとも、「やってみよう」とします。

なぜこの人達は、体験していなくとも「できるかもしれない」という根拠のない自信がもてたりするのだろうか?

そこでも一度、経験とは何であったかを思い出してください。

経験とは、「経験 = 体験 + 未体験」だといいました。

見ての通り経験とは、体験だけでなく、「未体験」も経験のうちであるということになります。

「未体験」とはどういった事をいうのだろうか?と疑問に思うでしょう。

未体験とは、他人の行動や考えたことを見たり聞いたりしたことがある「伝聞」のことをいいます。

「やったことはないが聞いたことはある」

「やったことはないが見たことはある」

「やったことはないが教わったことがある」

など、自らが体験したことはなくとも、一度は視たり聞いたりしたことがある「知っている」レベルの情報を「未体験」だと思ってください。

ですが、この「未体験」も経験のうちだと認識するのは、どうもシックリこないかもしれません。

なにせ、自らがやったことがある「体験」をしていないので自信がもてず、未体験を経験値とするのは、「知ってはいるが、やれないかもしれない」という確固たる自信が持てないから。

なので、未体験を経験の部類にするのはオカシイと判断してしまうのである。

だが、先ほども言った通り、行動力がある人、何でも挑戦しようとする人は、体験したことがなくとも、「やってみよう」とします。

つまり、未体験をも、経験のうちだと判断しているのです。

なぜこの人達は未体験を経験とし、体験していなくとも「できるかもしれない」という根拠のない自信がもてたりするのだろうか?

それは、「イメージ」しているからです。

未体験を頭の中でイメージして、あたかも、体験しているかのようにハッキリと映像として描写しているからなのです。

未体験をイメージさせる「キーワード」

自分ひとりで体験できる経験には限界があります。多くの人は、そのことはすでにもうわかってはいるのでしょうが、それでも体験したことを自らの経験と位置づけてしまう傾向があります。

もちろん、体験したことは、紛れもない経験。実体験にもとづく経験は、印象も強く、自らの行動に与える影響も大きいということは確実です。

しかし、体験というのは、成功も失敗も含まれているもの。失敗の体験というのは、自らの行動を制限してしまうケースも少なくない。成功体験ばかりを経験値にできる人は非常に限られています。

失敗から学ぶということも経験を重ねるうえでは重要なことになりますが、やはり失敗の体験というものはプラスに転換することは大変な作業であり簡単ではないはずです。

そこで重要になるのが、「未体験のイメージ」です。

未体験とは、「やったことはないが、見たり聞いたりしたことがある」ことで、これはもしかすると、「見たり聞いたりしたことはあるが、体験してはいないが、やってみたい」と思っているかもしれません。

それは、あなたの「夢」や「願望」など、あなたが求めている「希望」なのではないでしょうか。

夢や願望は未体験です。ですが、その未体験を経験にできるかどうかは、あなたの「イメージする力」に委ねられている。

イメージする力とは、現在の事を描写するのではなく、過去のこと、もしくは未来のことを脳の中で描写することといいます。

例えば、過去のいい経験をイメージした時、なんだかにやけてしまう今の自分がそこにいるかもしれません。ですが、過去の嫌な経験をイメージしてしまうと、なんだかネガティブな感情がよみがえり、不快になっている今の自分がそこにいることでしょう。

それは、過去だけではなく、未来も同じ。将来のことを不安に思えば、今の自分はネガティブに、将来が希望にあふれていれば、今の自分はポシティブになります。

なぜ、過去や未来をイメージした時、現在の自分にとって直接的に関係ないはずなのに、感情がゆさぶられてしまうのでしょうか。

それは、脳でイメージしたことは、過去・現在・未来という時間の判断ができないからです。

つまり、脳内でイメージしたことが過去の事であろうと、未来の事であろうと、全てを「現在」のことだと認識するからです。

イメージしたことを、あたかもすでに体験したかのようにしてしまうとされている。

僕たちは、日常生活の中で、たくさんのイメージをしています。

今日やることはあれしてこれして、それから・・・とか、今日の商談大丈夫かな~とか、たくさんのイメージをしている。

「できないかも」と、悪いイメージをしてしまうと、なぜかイメージ通りの悪い結果を招いてしまうことはよくあるでしょう?

だけど、「できる、絶対できる」と、ポシティブに無理やり言いきかせたとき、良い結果がでるかというと、現実はそう上手くはいかないことがあるでしょう。

なぜだと思いますか?

それは、あなたのイメージに「置き換える力」が足りていないからです。

未来の不安(できないかもしれない)イメージをしてしまったとき、確実にできるイメージに「置き換える力」が足りていないからです。

当然といえば当然ですが、例えば、他の誰かが、すごいことをした時、あなたは自分のことのように「置き換えてイメージ」したりはするだろうか?

ほとんどが、しないかもしれません。大人の方はとくに、憧れの姿を見たりした時、「自分はあの人のようにはできない」「自分は自分、あの人はあの人」と、区別して、自分のことのように置きかえてイメージしようとはしない傾向にあります。

ですが、子供は違います。憧れのヒーローを見た時、まるで自分がヒーローになったかのように、自分のことのように「置き換えてイメージ」する力をもっています。

なぜなら、できない理由が子供にはまだないからです。大人になるにつれて、経験値がおおくなり、できるできないの判断をしてしまうため、実現可能なことしかイメージできなくなってしまうのです。

しかし、あきらめることはありません。

あなたの意識次第で、未来のできるイメージも、他人から見聞きしたことを自分のことのように「置き換える」イメージができるようになります。

すなわち、「やったことはないができるかもしれない」という「未体験」を経験にすることができるということです。

そこで、あなたのイメージに「置き換える力」を加える魔法のキーワードがあります。

それは、「自分だったら」です。

信じがたいかもしれませんが、この「自分だったら」という言葉を添えるだけで、自分とは直接関係していない人たちに起こっている、起こった出来事に、自分が関連していない人たちの会話に対しても、あなた自身を「当事者」とした場合の考え方を「脳」が引き出してくれるのです。

「置き換える」ということは、自らを当事者として考えるということです。もちろん、置き換えて考えただけで、経験したということにはなりません。あくまで脳内のイメージだからです。

しかし、「置き換える」ことができなくては、未体験を経験値に変えることはできません。

イメージをするには、「自分だったらどうか」という置き換え力が、あなたの行動に影響を与えることは確かです。

というより、全てはそこから始まるといっても過言ではありません。

さて、今回は、経験とは、やったことがある体験と、やったことはないが見聞きしたことがある「未体験」を含めたことだといいました。

そして、この「未体験」を経験だと認識するためには、頭の中で「自分だったら」という置き換えるイメージが大切だといいました。

一言にイメージとは言っても、目的によってそのイメージの仕方は異なることはしっているだろうか?

それは何かは下記の記事にて回答しております。

興味のある方は、是非とも読んでみて下さい。

「上達させる」イメージトレーニングと「行動を起こさせる」イメージトレーニングの違い