ご都合主義の罠

ご都合主義の罠

さっそくですが、以下の問題を解いてみよう。

さて、上記の「4枚のカード問題」とは、片面はアルファベットで、もう片面は数字、「A」と書かれたカードの裏面には「3」が書かれているかどうかを証明しなさいと。いうものです。

めくれるカードは2枚だけです。よく考えて解いてみよう。

さぁ、答えは出ましたか?

正解は、「A」と「7」の2枚です。

あなたはもしかすると、「A」と「3」のカードをめくる事を選択したのではないでしょうか?

もしそうだとしたら、あなたには “ 偏見 ” という名の心のバイアスにかかっています ─── 。

内に秘めている“ 選択の偏り ”

カード問題は、「A」 のカードの裏面は「3」であるというのを証明するために2枚だけをめくる事ができる。というものです。

そこで、「A」の裏面が「3」であることを確認するのと、「3」の裏面が「A」と書かれている事を確認するため。と考えてしまいます。

だが、これでは、「A」 のカードの裏面は「3」であるというルールを証明したことにはならないのです。

それでは順に解説しましょう。もう一度4枚のカードを見ながら確認してみよう。

まず、「A」 のカードの場合、裏面は必ず「3」でなければいけないため、めくる必要がある。

次に、「F」のカードの場合、ルールは「Aの裏が3である」ことを証明すればいいので、Fの裏が3であろうと、4であろうと関係ない。

よって、めくる必要のないカードです。

さて、「3」のカードですが、ルールの証明は「Aの裏が3である」です。

仮に「3の裏がA」だとすれば証明されたことになります。

しかし、「3の裏がB」の場合でもルールを証明したことになる。

わかりますか?

Aの裏は3であることは絶対ですが、3の裏はAでも、BでもCでも、何のアルファベットだろうとルールを破ったことにはなりません。

よって、「3」のカードをめくったところでルールの証明にはならない。ということです。

最後に「7」のカードですが、めくる必要があります。

なぜなら、「7」の裏側に「A」が書かれているかもしれないからです。

「3」のカードを調べて、もう片面が「A」でも、条件を満たすことを確認するだけ。

「ルールを満たしている」ケースを確認するだけでなく、「ルールを満たしていない」ケースも調べる必要があります。

つまり、「7」の裏側が「A」ではないことを確認し忘れてしまうのです。

判断・選択を見誤る心のバイアス

この4枚のカード問題は、私たちが「当たり前」と考えている常識が、じつは単なる「思い込み」や「偏見」に過ぎないということを証明するための問題です。

正確には「ウェイソン選択問題」といって、イギリスの大学生対象に行った心理学実験で、正しい解答を選んだ学生はわずか4%だとされています。

自分の考えが正しいことを確かめるために、都合のいい証拠ばかりを探してしまい、都合の悪い証拠には注目しない心理によるもの。

心理学用語で、「確証バイアス」といいます。

「確証バイアス」とは、自分の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強しようとする心理をいう。

例えば人との関わりで、好きな人に関しては良い情報を、嫌いな人に関しては嫌な情報を集めようとしてしまう。

そして、それにより自分が思い描いていることは正しいんだと確認し、その考えをさらに補強しようとするのです。

この「確証バイアス」は別名「ご都合主義の罠」とも呼ばれている。

その名の通り、自分に都合の良い情報しか受け入れようとせず、反対意見などには耳を貸しません。

このために、時に物事を冷静に判断できず間違った選択をしてしまうことがあるのです。

どうやら人は、事実を冷静に理解する前に、潜在意識下で好き嫌いを決めてしまう傾向がある。頭より心が先に動くのです。

そして、それにしたがって事実の方を都合よく解釈しようとする。バイアスにより、物事に対する偏見や、他人を色眼鏡で見てしまうこともあるということ。

「心の色眼鏡」について

「貸した金」はいつまでも覚えているが、「借りた金」はすぐ忘れる

「いまの若い人」は頼りなさそうだ

「自分だけが損をしている」「あの人だけが得をしている」とよく思う

他人のことは安易に一般化するが、自分は特殊だと思う

人の失敗は「そのくらい当然だ」と言うが、自分の失敗は「なんて運が悪いんだ」と思う。

人に対しては「一部分だけを見て正論を吐くな」と思うのに、自分は一部分しか見ない(ことに気づいていない)で他人に正論を吐く。

「上司の短所」はいくらでもあげられるが、自分が上司の立場だと「良い上司」だと思っている。

・・・・

さて、こういったことが、一つや二つ当てはまるでしょうか?

何もこの類の人が「悪い人」「イヤな人」という事ではありません。私にも、あなたにも、必ずある「思考の癖」というものです。

人はみな、事実をありのままに見ているようで、無意識のうちに自己中心的な、「心の色眼鏡」をかけてしまっている。

ほとんどの人は「自分」という世界にどっぷりつかった状態で自分自身を見ているので、自分のことはよく見えていないということです。

あなたは、もう一人の自分の視点で自分を「客観視」できているだろうか?

自分はまちがっているかもしれない、自分が正しいとは言えないと思っている。

そう認識できている人は、まだまだあなたの中にある「ひらめき」や「発想」を引き出せる可能性は大。

「自分を客観視してみる」とはいっても、実際そんなに容易な事ではありません。

どうしても「人の間違え」には敏感だが、「自分の間違え」に関しては,まるで見えていないかのように、,自分が失敗したことは覚えていないもの。

人を疑うことから優先的に観察を始め、「自分の間違え」を探さない傾向にあるようです。

まず、気づくべきなのは、ほとんどの人は多かれ少なかれ「言っていること」と「やっていること」は違いということ。

つまり、「自分が見えている世界」と「他人が見えている世界」は通常大きく異なっているというものです。

何か理解できないことや自分の価値観と反する事象に遭遇した際には、「相手がおかしい」と思うのではなく「何か自分の理解できない世界がある」と思ってみること。

別の言い方をすると、「相手を変えようとする」か「自分を変えようとする」かの違い。全てはここから始まります。

もちろん、過去の経験や育ってきた環境、これまで得た知識はすばらしいものです。ですが、その枠をさらに広めることで、私たちが成長するための「気づき」を得られます。

「思考の癖」というのは、私たちが無意識に持っている「視野の狭さ」、あるいは思考の盲点と言ってもよいかと思います。

「確証バイアス」が自分の中で認識しにくいのは、自分自身の中にある「心の色眼鏡」に気づきにくいという点です。

無意識化で意思決定を支配しているといわれる確証バイアスですが、どんなバイアスが掛かっているとしても、実際に決めるのは自分。

たとえ他者の考えや意見であっても自分がそれを正しいと認め、同意すればその考えは自分のものです。

つまり、「自分の信念」という確証バイアスを外せば、「選択肢は一つではない」事に気付くかもしれません。