「人の口に戸はたてられない」その理由と心理

「人の口に戸はたてられない」その理由と心理

「この話、誰にも言っちゃだめだよ!」

「ここだけの話だからね。」

「誰れにも話すなっていわれたんだけ・・・」

この人なら信頼できる。誰にも言わないだろう。

そう信用して打ち明けた秘密が、いつの間にか周囲の人間に知れ渡ってしまっている。

まさかとは思うが、どうやら、絶対言わないだろうと信じた人が誰かに漏らしてしまったらしい。

さて、「誰にも知られたくない内緒話」を信用している人に話したとき、その人は本当に秘密を守ってくれましたか?

知らないうちに別の誰かに知れ渡っていた。あの人にしか言ってないのに、どうして別の人が知ってるの?

どうやら、裏切られた─── !

このような苦い経験は誰にもあることでしょう。腹立たしいまえにショックさえも覚えてしまいます。

「人の口に戸は立てられぬ」ということわざがあります。世間の噂話は止めることができないということのたとえをいいます。

「立てる」は閉めるの意で、「閉てる」とも書き、「世間の口に戸は立てられぬ」「開いた口に戸は立てられぬ」ともいいます。

なぜ人は、言ってはいけない秘密をつい漏らしてしまう心理が働いてしまうのでしょうか?

秘密にしておいてくださいと頼まれた人を裏切ろうという悪戯な心境が働いているように思えますが、実はそうではないようです。

そこには、自分という存在を他者に示したい、注目を浴びたいという願望欲求。つまりは、承認欲求が見え隠れしているのです。

「誰にも言わない」は防ぎようがない?

では、内緒話が漏れてしまう単純なパターンの事例からその真相をみてみましょう。

Aさん:「ここだけの話なんだけど。」

Bさん:「なになに?」

Aさん:「誰にも話さない?」

Bさん:「言わない、絶対。」

Aさん:「実は・・」「誰にも言っちゃダメだよ!」

Bさん:「わかった。わたし、口は硬いから。」

よくあるシーンです。結局Bさんは、秘密を守れ切れずに別人Cさんに、話してしまいます。

Bさん:「ここだけの話なんだけど。」

Cさん:「なになに?」

Bさん:「誰にも話さない?」

Cさん:「言わない、絶対。」

Bさん:「実は・・」「誰にも言っちゃダメだよ!」

Cさん:「わかった。わたし、口は硬いから。」

再びCさんは別品Dさんに同じことを繰り返します。

そして、DさんはEさんに、Eさんは、Fさんに・・・。

秘密を打ち明けたAさん、秘密を守らずに他人に話してしまったBさん、Cさん・・・。

さて、このトラブル。一見、被害者は秘密をバラされたAさんにあり、BさんやCさんの裏切り行為が悪いと捉えてしまいがちです。

ですが、果たしてそうでしょうか?

すでに、気づいているでしょうが、始めに秘密を漏らしているのはAさんです。Aさんが、Bさんに話していなければトラブルは起きていません。

それにもしかすると、Aさんの「秘密の話」は実は「他人から聞いた秘密の話」かもしれません。

秘密を守ることは、自分のものでも他人のものでも、抱えているとスッキリしません。

「これは絶対に誰にも言わないで」と言われ、その内容が重たければ重たいほど、「変なことを聞いちゃったなぁ」と思います。 自分にはその秘密を守るという「責任」に負われ負担となる。その負担は大きな「ストレス」となります。

打ち明けられた内容によっては、「秘密を守る責任からの開放」と「ストレスを抱え続ける忍耐」が葛藤を起こし、ストレス除去のために秘密を開示してしまおうという脳の部分が勝ってしまうとされる。

「人の口に戸は立てられない」といわれるのは、秘密を抱えた時の脳の抗ストレスホルモン作用によるものです。秘密を抱え込むことが、ストレスとなるのは理解できます。

しかし、だれしも「ストレスを抱え続ける忍耐」はあります。でないと、ストレスを発散させるためにすべての秘密を開示していてはとんでもない世の中になる事はいうまでもありません。

「自己開示欲」と「自己顕示欲」

実は、秘密を開示してしまう人の心理には、「自己開示欲」と「自己顕示欲」が強い傾向にあるようです。

人とコミュニケーションを取るにあたり、単純に自分の事を話すことはよくあることです。

そのとき、その話を聞いている他人がどのような印象を持つかを特に考えていない瞬間も多いはず。

こういったものを「自己開示」と言い、コミュニケーションの基本であるともされます。

この動きの特徴は、自分の情報を聞く相手がどのような反応を返すか、「これを言っておけば好かれそうだ」、「これを言えば嫌われるであろう」といった事前の予想を立てない状態でただ情報を開示しているのみであるという点です。

これは人と接したり会話したりする際に基本的に行われていることで、「今自分は自己開示をしている」と意識している方はいません。

このように、人にどう思われるかを不安に感じたり、言葉によって相手に悪印象を与えたりしてしまうのではないかという心配といった事前の抑圧がない状態で、単純に自分の情報を人に伝えることをいいます。

一方、身近な人に「自分の話しかしない」という方もいることでしょう。

口を開けば自分が昔功績をあげた思い出や、良い行いをしたときのことなど、自分が自分がという話が止まらなくなる方はどこにでもいる。

こうした自慢話や良い話しかしない方は、それを話している最中にも、「自分がどうすればよく見られるか」、「この話をすることによっていかに自分が優れているか」など、常に念頭に置いていることが考えられる。

この心理を「自己顕示」であるといい、世間では「自己顕示欲の強い人は嫌われる」という通説にもつながります。

このパターンがなぜ不快かというと、そこには自分の印象を持ちあげるという意図しか汲み取れないためです。

自己顕示とは、「人によりよく思われたい」、また「嫌われるのを避けたい」という気持ちから人に話す情報を選んだり大げさにしたりする傾向がある。

なぜなら、嫌われたくないからといって当たり障りのない情報しか出さないことは、人にとっても開示されたと言う印象を受けないから。

例えば、井戸端会議のような複数で会話をしている時に、秘密を漏らす人はたいてい、自己顕示欲の強い人です。

他人の秘密などのスクープを握っている人というのは周りから注目されます。

「誰にもいわないで」「絶対にここだけの話だからね」という前置きの文句は、人の興味をそそる。

さらに、その場にいる何人かでその秘密を共有した気分になって結束感が生まれることで、秘密を話した人が一番目立ち根ほり歯ほり聞きたがるでしょう。

それが目的です。つまりは自分が目立つためだけに人の秘密を仕入れてそれを暴露したり言いふらすことで自分だけが話題の中心になってちやほやされたい心理がある。

秘密を話すという事は、必ず漏れる。信用できる人であっても、人が持つ深層心理には逆らえないものです。

さて、ここでいいたいのは、他人を信用してはならないということではありません。

互いに本当の意味で信頼関係を構築したいのであれば、秘密をバラされ裏切られた相手に対しては、「うっかり話してしまうことはありうる」という心理は必ずあると、理解しておくことです。

信用しているので絶対裏切らないというのは、それは自分の勝手な思い込みとも言えます。

じゃぁ、誰を信用していいの?まずは、自分が信頼されること。

もし仮に、あなたが、秘密を漏らしてしまう自覚があるなら、改める努力が必要でしょう。

人に信用を得るためにはまずは、自分の信用を得ないと、「裏切らないでね」といってもそれ自体を信用してもらえない。

そうです。この人を裏切るわけにはいかないと思わせることが一番大切なのです。