会社勤めをしながら「自分の市場価値」を高める方法

会社勤めをしながら「自分の市場価値」を高める方法

会社が潰れても、食べていける人と、食べていけない人がいる。

この違いは、「他人からどう思われるか」という人と、「他人のために何ができるか」と思える人の違いではないかということです。

会社勤めに人は、上司にどう思われるかなど、社内の評価はどうかという「要求」に応じて働く人がほとんどかもしれない。。

一方、同じ会社勤めの人でも、顧客に何ができるか、自分が携わる仕事がマーケット(市場)において、何ができるか、どのくらいの価値があるかを意識している人は自分の「欲求」で働く人だ。

今勤めている会社が倒産し、明日にでも働く場所を失うことは、無きにしも非ずの今の時代、食いっぱぐれしないで生き残れるかどうかは、自分の市場価値(マーケットバリュー)が大きく左右する。

転職が当たり前のようになったイマドキ、自分の市場価値(マーケットバリュー)を高めることが重要視されてはいる。

自分の市場価値(マーケットバリュー)とは、会社内での地位や職務の価値ではなく、世の中からみた自分の存在価値のことで、言ってみれば、自分のスキルや能力が、世間で通用するかどうか、どのくらいの信用があるか、ということです。

会社内での自分の地位や職務といった、社内だけで通用する自分の立ち位置は、結局、会社の看板という「雇用」によって取引された、契約中の上での「その場だけの存在価値」だということ。

だが、会社自体がなくなってしまったとき、今まであると思っていた自分の存在価値は、じつは9割以上が会社看板の資産価値であり、自分独自の存在価値ではないことに気づくのです。

そして、フリーになった自分の市場価値(マーケットバリュー)は、思っている以上に低いことが多く、「転職」や「起業」をする際に、世の中の市場(マーケット)で通用しない、受け入れられないという現実を目の当たりにするのです。

働く「手段」よりも、働く「目的」

僕は、会社勤めであろうが、転職しようが、起業に挑戦しようが、働き方の価値観は人それぞれで、何がよくて何がよくないなんて一切思ってはいない。

「働き方はあくまで手段」であり、「働く目的」さえしっかり持っていれば、手段は何を選ぼうが、自由だ。

だけど、自分自信の市場価値をしっかりと持っていないと、どこで働こうが、フリーになろうが、お金をもらえる価値のあるスキルや信用がなくては、何をしても一緒なんです。

会社に居続けるか、転職するべきかという「手段が目的になってしまう」と、自分はどうすればいいんだと迷い続けることとなるかもしれません。

今でこそ、フリーになる人も増えてきてはいますが、やはり、会社勤めの人の方が圧倒的です。

会社で働く理由は人によりけりでしょうが、働く姿勢というものは、「他人からどう思われるか」よりも「他人のために何ができるか」という気持ちが凄くすごく重要だと思う。

自分が今日、どう考え、どう行動するかで、明日から自分の「世の中から見た自分価値」は違ってくる。

上司に言われたからする、会社命令だからやむをえないなど、「やらなければいけないが、やりたくない」という気持ちで働くと、しんどいし、自分の目的は「他人からどう思われるか」となり、会社の雇用契約に従う事となってしまう。

会社の雇用契約に従うということは、すなわち、会社の看板という資産を頼りにするわけで、自分自身の市場価値(マーケットバリュー)は一向に高まらない。

だが、ほとんどの会社勤めの人は、「やらなければいけないが、やりたくない」といった気持ちで働かざるを得ないと思っているのではないだろうか。

なぜか。それは、「求められてはいないが、やりたいこと」ができないから。

会社での業務上、「要求」が優先され、自分の「欲求」は後手となるか、却下されるのが関の山だと。

わかります、すごくわかります。

会社人として、あなたには、自分の持ち場で「やらなければならないこと(会社の要求)」があるはずです。

一方で、自分が「やりたいこと」(自分の欲求)もあるのではないかと思います。

やらなきゃいけないこと(要求)と、それをやりたくないという(本音としての)気持ちの葛藤で苦しんでいる人も少なくないはず。

「目の前の仕事がおもしろく感じられない」けど、やらなくてはいけないという「やらされ感」で働くことほど辛いものがありません。でしょう?

だからといって、会社を辞め転職するとはいっても、果たしてすぐに勤め先は見つかるかのかなど、どっちつかずの状態で彷徨いながら仕事をしている人は意外と多かったりする。

ですが、ここで少し考えてみよう。

外部から求められる「要求」と自分の内的な「欲求」

会社で働く以上は、会社の「やらなければならないこと(要求)」に否が応でもやらざるをえないことがおおく、自分の「やりたいこと(欲求)」は、ほぼ、できっこないに近い。

そりゃそうです。会社の要求が、自分の欲求と完全一致して働ける人はそう大抵はいないでしょう。

ですが、会社の要求、すなわち、「やらなければならないこと」というのは、一見、会社命令のように思えるが、それは、世の中の市場(マーケット)でもあるのです。

つまり、世の中の市場というのは、「やらなければならないこと(要求)」ばかりなのが現実で、自分の「やりたいこと(欲求)」とが、完全一致するわけがないのである。

なので、会社の「やらなければならないこと(要求)」をいかにして、自分の「やりたいこと(欲求)」に置きかえることができるかどうかが、ポイントなんです。

市場で求められていること(やらなければならない要求)に自分のやりたいことが一致することができれば、自分自身の市場価値(マーケットバリュー)は高まり、働くことに “ 意味がある ”と自覚することもできるはずです。

だからこそ、今の会社での仕事に携わる考え方を変え、「やらなければならないこと(要求)」を、「やりたいこと(欲求)」に置きかえるスキル、すなわち、一人になっても世の中で通用する、自分自身の市場価値(マーケットバリュー)の自分価値を高めることができるのではないでしょうか。

会社の役割として求められていること = 責任を持ってやるべきことが、そのままあなたのやりたいことになるので、やりがいも大きい。

何より、やりたいことなので、困難が待ち受けていたとしても楽しんでクリアすることができる。壁に当たって、それを乗り越えることにも喜びが見出せるのはないでしょうか。

いやいやまてと。

会社の業務というモノは、システムや方針、業務スキルや資格なども、社内でしか通用しない能力であって、そんなものに一生懸命になっても結局は世の中の市場(マーケット)で通用する可能性は低いはず。

実際、30年以上も会社のために汗水流して働いてきた人が、突然リストラに合い、途端に働く場所がないという身に晒されてしまうのは、社内でしか通用しない独自の業務ばかりに必死になりすぎたからじゃないのか?

と思うかもしれません。

確かに、会社の業務スキルというのは、会社内でこそ通用するもので、一歩外にでてみると、そのスキルは世の中ではほとんど価値がないこともあるかもしれない。

実際、僕もそうだった。前職ではそれ相応の職務に就いてはいたが、会社をやめたとたん、全てのスキルは自分だけの価値にすぎず、世の中が求める市場価値は、ほとんどないに等しかった。

がんばってきた努力と経験、精神力とかは身に付けることはできたが、そんなスキルで、雇ってはくれないし、誰もそれのお金を払ってはくれない。

いくら、何十年と働き続けてきた気合と根性を世の中で叫ぼうが、市場はそれを受け止めてはくれない。儚く虚しい叫び声が海原に飲み込まれていくだけなのだ。

しかし、それはもしかすると、それは働く上で「何」を見ているかどうかの違いではないか。ということに気づく。

会社という看板資産を失って路頭に彷徨う羽目にされされてしまうのは、会社勤めの際、上司にどう思われているかという、「他人にどう思われているか」という気持ちが優先され、「他人に何ができるか」という、世間の市場(マーケット)を見ないで働きづつけてきたからではないだろうか。

自分自身の市場価値を高められるかどうかの分かれ目は、会社勤めの業務スキルがあるかどうかではなく、「上司を見て働く」か、「市場を見て働くか」でよって、大きく違ってくる。

つまり、会社の「やらなければならないこと(要求)」を世間の市場(マーケット)の一環だと認識し、やらされ感で働く気持ちではなく、「自分に何ができるか」という気持ちで働く「姿勢」がすごく重要なのである。

この、自分に何ができるか、すなわち「人のなにかできるか」という気持ちの姿勢がないと、世間の市場(やらなければならない要求)に応じるだけの、自分スキルは通用しない。

雇われの身である会社勤めに侵されようと、「やらなければいけないが、やりたくない」といった気持ちで、やっけになってがんばっても、それは、「上司をみているだけ」であり、「他人にどう思われているか」です。

ではなく、「やらなければいけないが、やりたくない」をどうにかして、「やらなければならいし、やりたいこと」に置きかえなくてはいけないということになる。

そんなことできますか?ちょっとできそうにないよね、ふつうに考えて。

会社の要求が自分のやりたい事にできるんだったら、とっくにしてるし、それに「そう、思えるように自分に言い聞かせている」という人もいるでしょう。

だが、やりたくないことをやるのに最も良い方法は、外部から求められること(外的な要求)に自分の気持ち(内的な欲求)を合わせることしかないわけ。

こんなことをいうと、自分の気持ちを押し殺せってことなのか、と思うでしょうか、その自分の気持ちって何ですか?

自分が「やりたいこと」でしょうか?

その「やりたいこと」でどうしますか?お金をもらって食っていけるだけの収入を得たいのでしょうか?

もしそうなら、市場の「やらなければならないこと(要求)」に応じなくてはいけない。会社の「やらなければならないこと(要求)」に応じなくてはならないのだ。

そこで提案なのですが、その、やらなければならないこと(要求)の “ 意味づけ ”を変えてみる、ということです。

自分の「裁量」に意味づけをする

どういう「意味づけ」かというと、

WHAT(何をするか)は選べなくとも、HOW(どうするか)は自分で決められるということです。

「与えられた仕事」のままでは楽しくないが、自分で「能動的に探求すればそこには楽しさがある」ということ。

本来、学び、成長することは、人間の欲求にかなったことです。文明が発達したのは、「こういうものが欲しい」という人間の欲求に根ざしているわけで、その楽しさが失われるのは、与えられたものに対して、「強制されたこと」と否定的に受け止め、創意工夫を怠ったときなのではないだろうか。

仕事がつまらないと感じたとき、「なぜそう感じているのだろうか?」「目の前に起きていることが、自分に何を教えようとしているのか?」「自分にできることは何か?」そのような思考パターンを常に持ち、「上司にどう思われるか」ではなく、「市場(マーケット)で何ができるか」、というの感覚を鍛えることで、あなたが市場で通用するかどうかの大切な自分スキルとなるはずです。

自分の裁量(どのように仕事をするのかは自分まかせである)があると、「やらなければならないこと」も「やりたいこと」に変わっていく。

そうやって自分の創意工夫を加えて仕事をしていると、仕事の質も高まり、仕事の受け手から感謝をされるようになり、自分でも、仕事の価値を感じられるようになっていくのだと思います。

昨今、AI(人工知能)に仕事が奪われ、既存の職業がなくなってしまうことが話題になっています。今の仕事の将来に不安を抱え、転職を考えている人もいるかもしれません。

しかし、どのような仕事であっても、「何をするか」を選んでばかりで、それが「他人にどう思われているか」の気持ちでいると、結局は、自分のやりたいことなんて見つからないはずです。

そして、「やらなければならないこと」を「やりたいこと」に置きかえる能力がなくては、要求だらけの市場(マーケット)では通用しない。

今やっている仕事が「つまらない」と感じている人は、自分が「主体」となって、創意工夫をして、やりたい仕事へと変化させよう、という姿勢を大事にして、仕事に取り組んでみてください。きっと仕事に対する思いが変わり、それが、自分の市場価値(なーケットバリュー)となるはずです。

「他人に何ができるか」は “ やってみたい ” に潜んでいる

会社の仕事には、「やりたいこと」「やりたいくないこと」「求められていること」「求められていないこと」があります。

ほとんどの業務が、「求められているが、やりたくないこと」だったりするよね。

しかし、時には、「求められてはいないが、やりたいこと」というものに遭遇するときってあるよね。

この「やりたいこと」というのは、自分独自の「やってみたい」ことですが、上司に説得しようが即却下されてしまいそうなことでもある。

そんなとき、あなたは、どうしてますか?

上司を説得し、実現に向けてアクションを起こしますか?

それとも、自分の意向に関係なくやらなければならないことに集中する、という文化の中で否が応でも働いてしまっているだろうか?

もしあなたが、自分にとって意義のある挑戦をできていないとしたら、それは、上司を見て働いていることであり、「他人にどう思われるか」を優先した考え方になってしまっている。

だけど、たとえ、自分の要望にオッケイをもらわなかったとしても、そこで、あっさりと退いてしまってはいけない。

上司にケンカ売ることではなく、自分のわがままを通すことではありません。そういう行為になってしまうということは、自分のやりたことは、「ケンカを売る」とか「わがままを通す」ことになり、本来の、意義ある挑戦に関することは、なにも伝わらないのがオチです。当然ですがね。

会社に「求められてはいないが、やってみたいこと」とは、新しいことが発想する力があなたにはあり、その頭角が見え隠れしていることだということです。

そのアイデンティティーを「上司を見て働く姿勢」が優先され、あっけなく諦めてしまうということは、「他人に何ができるか」という、世の中の通用する自分自身の市場価値(マーケットバリュー)を高める機会をその場で捨てているようなもの。

人を説得する論拠を持つこと、伝え方、巻き込み方を磨くこと、すべてあなた次第です。そういう力を磨くチャンスと捉えることができた人は、人を動かす力が身につき、「他人に何ができるか」という意識が高まり、そのスキルは、5年後10年後にも活躍していけるはず。

自分自身のスキルが、世の中の市場価値に挑む力を養えるということです。

「求められていないけど、自分のやりたいこと」をやれるようにするトライアルは、自分が言い出しっぺになって矢面に立つことでありしんどいことです。

しかし、それが未来の成功を約束してくれる姿勢だと僕は思う。

やりたい事がそこにあるのではなく、やりたいと思える自分がいるかどうか。

この「自分次第」という感覚は、日常生活の中のふとした瞬間に思い出しては、自覚的に磨いていくしかない。

他者に受け入れてもらえないことや、誤解されてしまうことなど思い通りにならないことは、日常茶飯事的に山ほど起こります。

そこを変えることは難しい。しかし、起きたことや他者の考えを自分がどう解釈するかに関しては、自分でコントロールすることができるはず。

自分の「やりたいこと」は、何をするかよりも、どうするか。

自分の「やってみたいこと」を、どう思われるかよりも、何ができるか。