普通に「いいモノ」は「欲しいモノ」とはいえないのか?

普通に「いいモノ」は「欲しいモノ」とはいえないのか?

コンビニにいくとなぜかとりあえず、ペットボトルの飲み物を買ってしまいます。

 とくに「欲しい」わけでのないのですが、ついつい買ってしまう。

それにしても種類が多くなったボトル飲料。 とくに、お茶系はどのメーカーだろうが、何茶であろうがハズレはありません。

明らかに「不味そうだな」という商品はさすがに並んでいないのですが、「こういうお茶が飲みたかったんだ!」と思えるようなお茶があるか?・・といえば、ない・・。

どのお茶も「だいたい、美味しいんじゃないですか?」とは思える。でも、それ以上でもそれ以下でもないのです。 だからといって、不満を感じているのではありません。

だいたい、いいんじゃないですか?

でも、それ以上でもそれ以下でもないのです。 だからといって、不満を感じているのではありません。 一定レベルの水準は十分に満たされている。どれもこれも、「いいモノ」だけど、「欲しいモノ」ではない。 満足できるが、どれも「大体いいんじゃないですか?」のレベル。

モノが売れない時代だと言い切ってしまえばそこまで。 いい商品を開発しても、「大体いいんじゃない」レベルだというのなら、それを超える商品・サービスをどうやって作ればいいのか」の答えはそう簡単には見つかりません。

あるいは「大体いいんじゃない?」の現状に気づかず、なぜ昔売れていたものが売れないのだろうかと悩んでいる方も多くいるはず。

いったい解決のヒントはどこにあるのだろうか。

コト消費とはいっても・・・

今の時代の商品であれば、買って不満を感じるレベルのものはほとんどありません。

お店でもネットでも簡単に、そこそこの値段でそれらを手に入れることができます。

しかし、「だいたい、いいんじゃない?」とは異なる、「こういうのが欲しかった!という気持ちを満たしてくれるものに、今ではなかなか出会うことがあまりないかもしれない。

物を所有することに価値を見出すのではなく、その物を購入することによって得られる経験、もしくはサービスの経験そのものの購入に価値を見出すことを、「コト消費」といいます。

一言に「価値を売ろう」とはいっても、人の本質的な「欲しい」を捉えない限りはその「コト」の消費さえも冷え込んでしまいかねない。

しかし、そう簡単に「欲しい」が見えてこないのが現実。どんなものにも「だいたい、いいんじゃない?」と思える時代。

悪くはない、でも決め手がない、だからとりたてて「欲しい」という気持ちになれない。 ほとんどの商品やサービスを前にして、人々はそんな気持ちを抱いているのではないだろうか。

人が求めるモノはなにか?

「欲しい」は、見えないし誰も言わない

アンケートは市場調査、口コミなど「お客様が発するコトバ」を参考にしないわけにはいかないでしょう。

しかし、その「お客様の要望」でさえ、ときにあてにならないこともある。

2006年当時の日本マクドナルドの話です。当時社長であった原田泳幸氏は、著書「勝ち続ける経営日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論」でこのように記しています。

お客さまに「どんな商品が欲しいですか」とアンケート調査をすると必ず「低カロリー」とか「オーガニック」とか「ヘルシー」とか、健康重視のメニューが挙がります。 ところが、4枚のパティが入ったメガマックを発売しても、クォーターパウンダーを発売しても、若い女性が平気でメガマックやダブルクォーターパウンダーを食べているわけです。

ここで登場するように、アンケート調査で「サラダを置いてほしい」「ヘルシーなメニューを食べたい」といった声が寄せられていたため、その意見を参考にした新商品「サラダマック」が2006年に導入されました。

しかし、それだけ「お客さまの意見」として求められているはずなのに実際には売上が伸びず、ほどなく商品は撤退。 この後、今度はハンバーガーの肉の量を大幅に増やした「メガマック」「クォーターパウンダー」といった商品を発売、これが大ヒットした。

「勝ち続ける経営日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論」原田泳幸 (著) より

さて、ここから推測すると、マクドナルドに対するお客の「欲しい」は、実は「分厚い食べ応えのあるハンバーガーを見せられると、ガブッとかぶりつきたくなる」だったといえます。

顧客が求めていたのは、実は「ヘルシー」とは正反対の商品だった。お客さまのおっしゃることと、実際の行動はまったく違っていた。ということです。

「欲しい」は、見えないし誰も言わない 「欲しい」が見えてこないのは、なぜなのでしょう? 普通に考えていては見えづらい「欲しい」がわかるようになれば、ヒットを生み出すアイデアも手に入れられます。

先ほどのマクドナルドの例で改めて考えてみよう。

アンケート調査で、マクドナルドに「ヘルシーなものを」といったことを考えるのは、「健康」や「ダイエット」を人が普段から意識しているからだと考えられます。

それに対して「肉をガブッと食べる」のは、「不健康で太りそう」という印象を与える行為です。ヘルシーでローカロリーのものがいいと望む人からしてみれば、心から遠ざけたい、見たくないと考えることです。

しかし、マックユーザーにしてみれば、「マクドナルドでお肉たっぷりのハンバーガーにガブッとかぶりつきたい」という欲求は、日常的には意識から遠ざけられていますが、その記憶からすれば、それこそが魅力的で、「マクドナルドに行く」という価値がある。 「健康」「ダイエット」という建前的な意識が覆い隠している、「肉を食べる快感」という欲求を刺激する。これが、「メガマック」や「クォーターパウンダー」の成功の理由だったのです。

つまり、アンケート調査で返答されるその回答は、決して嘘をいっているわけではない。 だが、あくまでそれは要望であって、本質的な「欲しい」ではない。

現に、そのご要望に応じた所で「大体いんじゃない?」止まりに終わっている。 隠れた「欲しい」の発掘が必要 人は本当に欲しいモノを隠そうとしているわけではなく、何か「欲しい」のか気づいていないのだろう。

隠れた「欲しい」は体験から発掘される

スマホで家の鍵を開けられる「スマートロック」はご存知でしょうか?

設定によっては、スマホの操作すら必要なく家のドアに近づくだけで鍵を開けたり、一時的に鍵をシェアしたりもできる。

そのような機能が支持を集めています。 これまでになかったこの商品を使っておられるユーザーが気づいたことがあるという。

それは「いちいち鍵を開けるのって本当は面倒だったんだ」という気づきです。

スマートロックを使うまでは、「ドアの鍵をあけて入る」という当たり前の行動に、何の不満を感じる事はなかった。

しかし、実は、鍵を開けている時、あるいはそのためにバッグやポケットの中から鍵を探している時に、人はそんな不満を感じていたということです。

本人も気づかない不満を解消できる。そんな価値を提供できたとき、人は「大体いいんじゃない」を超えたイノベーションが生まれる。

隠れた本当の「欲しい」は、結論、「新しい価値」を発掘しない限りは、満たされないといえるだろう。それには、これまでの延長線に添った考え方を逸脱し、路線変更した商品開発、サービスが必要。

実際、どうすればいいのか、改めて考えてみるとしよう。