それは本当に正しいのか?事の適否を批判する思考

それは本当に正しいのか?事の適否を批判する思考

あなたは今、儲かってますか?

もし、そうでないならこちらをご覧ください。おいしい「儲け話」をお教えします。

仮想通貨に負けない、今最も新しい稼ぎ方を私はとあるルートからその情報を仕入れてしまった。

実に簡単。ビックリするくらい簡単で、しかもビックリするくらい稼ぐことができます。

あなたも試してみますか?こちらから登録してご連絡ください!

すごい儲かるすごい方法に登録

【 注 】 クリックしても登録先には飛ばない、リンク先に移動しない場合はあきらめてください。

そんな儲け話、あるわけねーから。

どうも、すみません。ホントスミマセン。

悪ふざけをするつもりはなかったのですが、こんな「いかにも」ってな怪しい儲け話をもちだしてみましたが、あなたの反応はどうでしたか?

躊躇いもなくすぐに「そんな話あるわけねーだろ」ってなりましたか?

私に対して「この人もとうとう、こんなことに手を出してしまったかぁ」ってあきれかえったかもしれません。

それとも、少し気になっておもわず「クリック」しちゃいましたか?

別にいいんです。こんなおいしい話が気になるのは当然といえば当然。だけど、気にはなったけど、それでも「ほんとか?」って疑いも感じたはずです。

人は、このような、あきらかに怪しい儲け話だと、何のためらいもなく疑り深くなり、「否定的な評価」を下します。

それは、あなたのこれまでの経験から、あまりにも「常識ハズレ」なことだから。あなたの「常識」を覆すことに関しては、疑り深くなり、その言い分にたいして「批判的」になる。

そんなあなたは、クリティカルな思考をもっています。

クリティカルとは「批判的」という意味をもち、そのような思考を批判的思考力。または、「クリティカルシンキング」といいます。

「批判する事」の本当の意味

先ほどのバカげた儲け話は、普通の人ならすぐに「おかしい」と非難します。

どのくらいの金額が儲かるのか、そんな簡単に儲かる方法なんてあるのか、など数々の不明な所があり、非常識すぎるため迷いもなく「批判的」になります。

「批判」ときくと、「ものごとを否定的にとらえる癖のある態度」とか、「素直じゃないひねくれた態度、またはそういう人」みたいなネガティブなことだと思われがちですが、少し捉えかたが違います。

批判とは、「それは本当に正しいのか?」という疑問を持ち、じっくり考えた上で結論を出すために、“ 事の適否を批判する ” ことを「批判」という。

なので、批判的になることは、単に否定することではなく、刃向うようにひねくれた態度を示すだけはなく、過ちに気付き、正しい判断を下しましょう。と言う態度や意見を述べる事をいう。

怪しい儲け話を「批判」するということは、「それは本当に正しいのか?」という疑問を持ち、物事に検討を加え、判定・評価することです。

そして、「批判的思考力」(クリティカルシンキング)とは、情報を鵜呑みせずに、「なぜ?」「ホントか?」というように、批判的な問いかけをする思考の力をいいます。

ですが、先ほどのアホな儲け話のように「非常識」な事に対しては、クリティカル(批判的)な問いかけをするのですが、常識的な事(納得のいく正しいこととか)に関しては、果たして批判的になるでしょうか?

たとえば、「信号が赤なら止まりましょう。」ということには、何の疑いもなく、批判したりはしないでしょう。

それは、あなたのこれまでの経験や世間の常識内のことで、疑う余地もない「それありき」が前提になっているからです。

今回ご紹介する、「批判的思考力」(クリティカルシンキング)は、常識や前提をあえて疑い批判的に捉え、「それは本当に正しいのか?」という疑問を持つことで、根本的な物事の本質を捉える考え方です。

簡単に言うと、「そもそもそれって正しいのか?」とか、「そもそもその事を解決する目的はなんだ?」とか、「そもそも」という上位の概念に上がり、さらに、目指すゴール、つまり、「目的はなんであったか?」、を突き詰めるための思考法です。

「批判的思考力」(クリティカルシンキング)は現在、特にアメリカでは重要視されており、小学生からクリティカルシンキングのスキルを意識した学習が行われているとも言われている。

「そもそも」を問い詰めてみる

「前提」は、固定概念にとらわれやすい。時として、思考の枠を狭め制限してしまう方向に働いてしまう恐れがある。

一般に、常識とは絶対的なものだと考えられています。誰にとっても疑いようがないからこそ常識になっているわけで、「人それぞれですよね」ということになれば、それは「そもそも常識ではない」ことになります。

つまり、「人それぞれ」だというあなたの常識は、「絶対的で動かしがたい自分自身の常識」に捉われているのです。

前提という固定観念、常識という絶対的なこと。

すべての行動も、考え方も、これらの「~ありき」が当たり前になってしまう。

「信号は赤でとまる。」という常識的なことが前提で、「なぜ、赤なのか?」「どうして、信号で止まる必要があるのか、目的は何か?」などというような、「そもそも」を考えたりはしません。

イノベーション(新たな考え方)というのは、常に「これまで当たり前だったことが当たり前でなくなる」という側面を含んでいます。これまで当たり前だったこと、つまり常識が疑われることで初めてイノベーションは生み出されます。

斬新なイノベーションを生み出すためには、自分の過去の経験や体験すらも否定し疑う、批判的な考え方、「クリティカルな思考」が必要です。

クリティカルシンキング(批判的思考力)は、感情や意見に流されることなく、客観的に物事を判断しようとする思考プロセスであり、物事の本質をとらえる考え方。

固定化された前提、疑いようのない常識に対し、事の適否を批判する「そもそも」を問いだすことです。

たとえば、社内の会議で「女性が働きやすい職場にするには」という議題があったとします。

あなたなら、どういった意見や提案をするでしょうか?

「出産・育児をサポートする福利厚生の充実」とか、「家庭と仕事を両立できるような職場環境」とか、「社内託児所の設置」とか、さまざまな具体策があるでしょう。

ですが、このさまざまな具体策は何の間違いはないのですが、おそらくこの会議はいつまでたってもまとまらないでしょう。

なぜでしょうか?

ここで、「批判的(クリティカル)」な考え方をしてみます。

まず第一に、そもそも「なぜ、女性が働きやすい職場にする必要があるのか?」という批判。

そして、「働きやすい」とはいっても、どう働きやすいのかその定義があいまいだという批判です。先ほど挙げた提案では、既婚者を対象とした女性だけで、独身の女性が対象外となってしまいます。

「女性が働きやすい」とは、男女問わずキャリアアップできることだったり、女性従業員の割合を増やしてほしいことだったり、フレックスタイム制度など勤務時間の融通が効くことだったり、人それぞれの「目指す目的」がちがいます。

つまり、そもそも「女性が働きやすい」というあいまいな議題では、統一した「目的の定義」がないため、議論する内容がハチャメチャになってしまうのです。

クリティカルシンキングとは、物事の前提が正しいのか、それとも論点がズレてしまってはいないかを検証したのち、その事象の本質を見極めていく思考法をいいます。

なんとなくわかってきたでしょうか?

私達が普段、無意識におこなっている思考は、多くの「常識」が前提となってしまっています。

その常識が確立された上で、筋道を立てて考え、目の前にある事象を分かりやすく分解したり、漏れなくだぶりなく関連した項目を洗い出し、それらを整理・分析する事で解決策を導き出す。

これが「論理的思考」(ロジカルシンキング)です。

一方、「批判的思考」(クリティカルシンキング)は、私たちが刷り込まれてきた「常識」そのものを「問う」ことから入ります。

何が本当の課題か?

ただし、勘違いをしてはいけないのが、頭から「常識を疑え」ということではありません。

すべての「当たり前」を疑っていたら日常生活は成り立ちません。なぜ信号の「ススメ」は青で「トマレ」は赤なのか、なぜ時計は右回りなのか、などといちいち考えていたら日常生活は破綻してしまいます。

今回取り上げた「批判的思考」(クリティカルシンキング)の考え方は、前提や常識に対し、批判的になることで、「何が一番の課題なのか」を突き止め、その課題に対して、本来の「目的をちゃんと定義する」ところにあります。

先ほどの、社内の会議で「女性が働きやすい職場にするには」という議題を取り上げたとしても、「女性が働きやすい職場にするには」という議題を前提としてしまうため、様々な具体策を提案したとしても、全員がその目的とするゴールにズレがあっては何も決まらない、会議にまとまりがつかない現象が起きてしまう。

それは、「なぜ、女性が働きやすい職場にする必要があるのか」というそもそもを批判的に疑う考え方が抜け落ちているため、本質的なゴールからズレテしまうことがあるのです。

何となく分かってきたでしょうか?

いくら考えても、どれだけ具体策を提案しても、一向に解決策が見つからないときって、何が本当の問題なのか」がわからないとき。

問題の本質がつかめていないからではないだろうか。