「語源」はフィクションかノンフィクションなのか?

昨日の晩御飯。何食べたの?
── オムレツと卵スープ。
いいねー。オムレツと卵スープってあうよね。
── あうあう。卵スープは中華風でした。
洋食と中華やね。
洋中折衷(ようちゅうせっちゅう)?
それとも、中洋折衷(ちゅうようせっちゅう)?
── そんな言葉、あったっけ?
和洋折衷(わようせっちゅう)ってコトバは聞いたことあるけど、そういえば中華と洋食を「せっちゅう」したとき何ていうんだろう?
── だから、洋中折衷、または、中洋折衷、か??
あるの? この世に存在しない気がするけど、そんな四字熟語。
── ええ、とっさに「洋」と「中」を折衷させると仕上がったの。とっさに。
造語?
── 超ぞーご。
折衷(せっちゅう)って検索してみたんだけど、いくつかの異なった考え方のよいところをとり合わせて、一つにまとめ上げることって書いてる。
── 「いくつかの」ってことは、和洋折衷という言葉には、和、洋、それに中華とかエスニックとかもじつは含まれているってこと?
いや、それはアカン。だって、「和洋折衷」って看板のレストランに入って、マーボー豆腐とかトムヤンクンとかあったら、「なんでだよ」ってなるよ。
── 「なんでだよ」ってなるね。
なるなる。関西だと「なんでやねん」ってなるし、九州だと「なしかや~」ってなる。
── 播州弁だと「なんでどいや」ってなぜか怒ってたりするしね。
和洋折衷の「衷」を「中」にすればいいんじゃない?「和洋折中」って。
それいい考えですね。
── だろぉ。こんな感じで、まるくおさめておこうか。
そうね。でも、もともと「衷」でも「中」でもよかったような・・・
── スマホで検索してみたんだけど、「中洋折衷」がヒットしたぞ。
ほほー。あったん? ちゃんと、洋風と中華のミックス四字熟語が。
── でも、中国語っぽいですよ。この言葉。
中国語?
── チョンスィーフォーピー。
え? 何?なんて?
── チョンスィーフォーピー、って言い方。
あー、中国語でそういう発音ってことか。
── じゃぁ、昨日の晩御飯は、チョンスィーフォーピーってことやね。
そうか。チョンスィーフォーピー。
え ─── っと。まず、説明しておきますね。
昨日の晩御飯が「オムライス」でして、そういえば、「オムライスの語源ってなんだ?」って思ったんです。
つまりは、和洋折衷とか、中洋折衷とかは、どーでもよくて、しかもだれとだれの会話なのかさえ、不明だったりして。
とどのつまりは、なんかこう、序章を簡単に書こうってなったときに、気づけばこんなどーでもいい会話が成立してて、その・・・・
オムライスは、じつは「日本料理」だった
日本発祥だった。
みんな大好き「オムライス」は、まさかの日本料理だったって知ってました?
オムライスは「オムレツ」と「ライス」を合わせた和製英語。ってわけ。
ところで「オムレツ」ってなんだ?
どうやら「オム」ってフランス語で、意味は「男性」。「レツ」は、フランス語の「レスト」が「レツ」になったらしいのですが、「レスト」の意味は、「素早い」っていう意味。
となると、オムレツの意味は、「男性、素早い」ってなる。
男、素早い → オムレツ ??
僕が知ってるオムレツという洋食のスターは、表面だけがすこ~し硬くて、中は、グズグズしたスタイルで、それでいてフンワリとキラキラと黄色い美貌に黄色い声援が飛び交う、そんなイメージがあるのですが、「男性、素早い」とはつながらないんだよ。
あまりに「オムレツ」という人気すぎて、熱狂ファンから、素早く逃げ回ってるって意味なのかなぁ。しかも男性で。
ちがうらしい。どうやらこの語源の仮説は、まったく的を得ていないらしい。
あくまで諸説とのことですが、こんなエピソードがあります。
それは、むか~し昔のこと。
フランスの王様が空腹を抱え、立ち寄った民家で、
「腹がへりすぎて飢え死にしそうだ・・・たのむ、何でもいいから早く作ってくれ」と叫んだそうです。(おめー、少しはカネ持ってる王様じゃねーのかよ)
驚いた民家の主人は、とりあえずそこにあった卵を(サササッッと)溶いて素早く(クルリンって)焼き上げてしまいました。
その素早さに王様は「早っ!」、とビックリして、「オム・レスト(素早い男だ)!」と感嘆したのだそうです。
それで、「オム・レスト(素早い男だ)!」が「オムレツ」になっとさ。なんでやねん。
言葉の「語源」って、何かと諸説があって、それ、どう考えても誰かの作り話やろってのがあるよね。
でもこれって、ノンフィクションのようなフィクションであり、ただ単に事実を淡々と述べるだけでなく、そのかすかな事実から壮大なストーリーを描くのってすごいっておもった。
実は、オムレツの語源で有力なのは、「オムレット」というスポンジケーキなどの生地を丸くのばして焼いたものを二つに折って生クリームと果物をはさんだお菓子が、フンワリと丸めた卵焼きの料理に似てる事から「オムレツ」になったらしい。
でもこれが仮に事実だとしても、なんかつまらないよね。
それより、なんかこう、語源って「へー」ってのを期待しちゃうじゃない?
だから、オムレツが「オム・レスト(素早い男だ)!」ってのはウソやろってなるのはどうかと思うんですよ。
それに、おそらくですが、オムレツという言葉から逆算して、オム・レスト(素早い男だ)ってストーリーを考えたんだろうけど、それって簡単じゃないよね。
しかも、「へー そおなんだ~」って思わせるだけの創作を演出するってそう簡単には発想しないよね。
文章の本質は「ウソ」でO.K?!
今日で夏休みもとーとー終わり。
さみしい子供達もいれば、や~っと終わってくれたと開放された、お母さんもいれば、「夏休みとかないしっ」ってお父さんもいる。
夏休みの終盤あるあるといえば、やっぱり、子供の宿題とか自由研究の追い込みエピソードかな?
僕の職場では、昨年、まさかの有給とってる社員さんがいたけど、あきらかに、家族総勢で子供の夏休みの宿題を仕上げますって理由がプンプンします。
ところで、夏休みの宿題と言えば「日記」あるよね。
僕の子どもの頃にかいた「日記」は、「今日、海に行きました」とか「プールにいってあそびました」とか、「きのうとおなじ。」とか、その日の出来事を、事実そのまま書いてたそうです。(僕自身はおぼえてない)
これじゃ日記というより「日報」です。日報でも報告足らずかもしれないな。
日記というのは、子供が初めて書く「小説」。
だから、たとえば動物園にいっても、単に「ゾウさんは大きかったです」とかくよりも、その時感じたそのまま事実だけでなく、「ウソ」を創作してもいいじゃないかと思うんです。
「ゾウさんは、大きかった。おもわず吸い込まれそうになったので、僕は思わず逃げてしまいそうになりました。」とか。
それがたとえ、「ウソ」だったとしても。です。
「ウソ」というと語弊があるので、ウソに近いくらいの創作エピソードの演出とでもいいましょうか。話を膨らませるだけの創作はあってもいいとは思うんだよね。
だって、ノンフィクションの小説って、普通、事実に反するウソを書く行為はルール違反だけど、そのまま淡々と事実を書いてるわけじゃないはず。
話にリアリティを持たせるために、多少なりともウソっぽい創作の演出をするはずです。
こうして面白いノンフィクションは生まれるのかなってね。
もちろん、明らかに事実をごったがえすような「ウソ」を書くのはよくないけど、それを感じた心象は、多少は「盛ってみる」ほうが、読み手にも良く伝わるし、興味を持ってもらうはずです。
僕は、子どもの頃から、日記も、読書感想文も、全てが「報告」または、「報道」的な文章しか書いてこなかった。
だから、今ごろ苦労してます。
だから、オムレツのウソっぽい語源エピソードにも、「ほほー」ってなるんだ。
どうでもいいか。(はじめのどーでもいい2人の会話をどうにかしてつじつまをあわせようとしたが)
ところで、オムレツはどうやら、洋食らしい。でも、冒頭でいったようにオムライスは日本の料理だという。
オムレツにチキンライスを包むと、洋食からあっというまに日本料理になるという。
どうやら、もともとは、料理屋さんの、卵に白飯や具を混ぜて焼いた「まかない料理」で、それをお客さんがみて「食べたい」といったのが始まりだそうです。
これは事実。なんだか、もう少し話を持ってほしいかな~、って思ったりもするんだけど、これが、まぎれもない「事象」なのだ。