原因と課題の法則

原因と課題の法則

原因と結果の因果関係は事実なのか?

「気怠いので今日は会社に行きたくない。」「今日は家でゴロゴロしていたい。」そんなことを思う時は誰にでもあると思います。

「今日は怠いので会社休ませてください。」会社を休む理由がこれでは恐らく誰も認めようとはしないが、「体調が悪い」「熱がでて動けないくらいしんどい」といえば納得しれくれるだろう。

会社を休みたいと思った時に感じる体調不良は大抵、「仮病」では?

本当に病を患った時、「会社を休みたい」なんて思いません、「会社に行けない」です。

体調不良が原因で、会社を休むべきである。しかしこの本質は、会社に行きたくないから、体調不良という理由を意味づけ、家でゴロゴロする目的を果たしたい。

現在の状況(結果)には必ず原因がある。原因と結果の法則で知られるように、結果には必ず原因がある事は事実です。

しかし、この「原因と結果の法則」に従うとするならば、先ほどの「会社を休むという現在の状況(結果)」は、「体調が悪いというのが原因」という事になります。

だが、本当は、「家でゴロゴロしていたいという目的」が、「会社を休む」という現在の状況(結果)を作り出しているというのが事実ではないだろうか。

つまり、会社を休むという現在の結果は、家でゴロゴロしていたいという本当の目的のために、体調が悪いという(あたかもそれが原因であるかのように)勝手な意味づけをしている。という解釈です。

原因と結果には必ずしも因果関係があるわけではなく、本当の「目的」があって、現在の結果を作り出しているといえる。

過去の原因を理由にしてしまうと可能性を狭めてしまう

子供の頃、「学校に行きたくない」と思った時、ついウソをついて親に、「お腹が痛いので今日は休みたい、学校に行けない。」と告げる。

ところが、仮病のつもりがなぜか、本当にお腹が痛くなってしまった。という経験はないでしょうか?

しかし、親が学校に連絡を入れ、晴れて休める事になった途端、学校に行かなくていい目的を達成できたことを確信すると、その腹痛は治ってしまう。

この現象のほとんどは、「反復性腹痛」といって、突然おなかの痛みが出現し、自然に治り、また出現することをくり返していても特別な基礎疾患がない症状。

学校に行きたくないという「ストレス」が、神経系にはたらきかけて腹痛を感じさせているとされ、特別な治療法はないとされています。

私は小学生の時、腹痛のため親とともに小児科で診てもらった時、病院の先生に「ぼく、学校に行きたくないからお腹が痛くなるんだよ」「気持ちの問題だよ」と言われたのを何となく覚えている。

その時、隣にいた親に先生がこの腹痛は、「反復・・・」といっていた記憶があります。

思えばそれは、「反復性腹痛」だった。というわけ。

「怠いから仕事を休みたい」、「おなかが痛いから学校に行きたくない」というこの言い分には因果関係はあるだろうか?

「AであるからBができない」

「AでないからBができない」

このような論理は日常生活で多用することがよくあり、自他ともに否定できない事を持ち出し、「だから○○ができない」と主張する。

しかし、先ほどの子供の「学校に行きたくない」という論理で学校を休もうとするが、学校に行きたくないという「言い訳」、つまり腹痛という理由を口実にしているだけといえます。

「学校に行きたくない」と「お腹が痛い」には、実は因果関係はありません。

Aだから必ずBができないわけではないという事です。

人は、本来はなんの因果関係のないところに、あたかも重大な因果関係があるかのように自らを説明し、納得させてしまう。

「Aが原因でBができない」というように、事の理由を「原因」にするということは、自分は被害者だ、自分に非はないと受け身の体制になってしまうため、できない、させてくれない、到底無理などの結論を出してしまいます。

「Aが原因でBができない」という原因論で考える人の多くは、このように考えてしまう。

「過去のAが原因でBができない」

「もし、過去がAではなく、CだったとしたらBができたのに」

あらゆることの理由を「過去」と紐付け「過去→現在」の思考に陥ってしまっているようです。

この考えかたが癖になってしまうと、これから先の未来、どんなことに対してもその原因が足かせとなり、可能性を阻めてしまう事となりかねません。

過去の原因を理由にしてしまうと、それががどうしようもないことだった場合、解決不能に陥ってしまいます。なぜなら、起きたしまった事実は、後からどうしようもないからです。

「過去の原因」ではなく、「現在の目的」

では、どう考えるべきなのか?

「過去の原因」ではなく、「現在の目的」だと考えてみよう。

過去の出来事「A」が、現在の状況である「B」を作っているのではなく、

何らかの「目的」があって、それを達成するために現在の状況「B」を創り出していると考えます。

ここには、過去の出来事「A」は全く考慮されていない。

なぜなら、過去の出来事「A」が必ずしも、現在の状況「B」の原因になるとは限らないからです。

「Bができないのは、Aという言い訳を持ち出し、見かけの因果関係を作り出す現在の目的にすぎない」

「出世できないのは、学歴が低い過去の言い訳を持ち出し、それを理由にしたいという今の自分の目的(言い訳)にしたい」

つまり、過去の原因はすべて、今の目的を果たすための「意味づけ」でしかないという事です。

何を意味づけするかは自分次第です。

Bができないのは、過去の出来事Aを意味づけるか、それとも、

Bができないのは、他に足りないものがある、だからこれからもっと勉強をする。と考えるか。です。

事の理由を「原因」にしてしまうと、「過去」が「現在」を作ってしまい、 変わる事が出来ない存在なのだと結論付けられることになってしまう。

結局、悩み・問題の「原因」を分析したところで、そもそも何の問題解決になりません。

過去の「解説」にはなっても、「解決」にはならない。どうあっても「過去」を変える事は不可能だということ。

だが、過去の出来事を変える事はムリだとしても、「現在から見た過去の出来事の捉え方」はいかようにも変える事はできる。

しかし、「考え方を変えろ」「辛い過去の出来事をバネにしろ」と言われてもそれは、かえって無理が生じストレスになるかもしれません。

なぜなら、過去の出来事に対して考え方をいいように捉えようとしても結局は、過去の出来事を選択し、それを原因とするからです。

なので、過去の出来事は、良いことであれ悪い事であれ、全ては現在の目的を果たすための「意味づけ」という一つの選択種にすぎないということ。

現在から未来の目的とする意味づけを、「過去の出来事」を選択するかしないかです。

つらい、忘れられない過去の経験を押し殺そうとするのではなく、未来の目的のために「選択するかしないか」、何が与えられているかではなく、与えられたものを「どう扱うか」という考え方だ。

要は、私たちは経験によって決定されるのではなく、経験に与えた意味によって自分を決めている。

誰しも必ず、今から「変わる」ことはできる。

「原因(過去)」があって「結果(現在)」があるという考えではなく、「目的(未来)」があるので、現在を良くする“ 課題 ”を考えようという事です。

すべての理由を「原因」として捉えるのではなく、今の自分の目的を果たすための「意味づけ」だという考え方です。

「原因」と「課題」の法則

「できそうだけど、できないこと」、「やめたいけど、やめれないこと」、「やりたいけど、やれないこと」

はありますか? 何でも結構です。そしてそれが、できない・やれないでいる訳をいろいろと考えてみて下さい。

次々と、思い浮かんだはずです。「できない理由」が・・・。

できない理由がある。やれない事情がどうしてもある。仕方ないんです。現実がそうなのだから。

人は「できない理由」を探す天才。私自身も、やらない理由を考えたらキリがないぐらいに出せる自信があります。

しかし、できない理由を考える才能は天性のものではなく、全て「過去に経験した記録」を引っ張り出してきたことにすぎません。

「いやそんなことはない!できない理由は未来に対する不安で、過去がどうであろうが関係ない!」と思う方もいるでしょう。

例えばできない理由が、「これからの生活で食っていけるかどうかが不安だから」という意見。

なるほど、それは安定した現在の収入を捨て、新たに起業や開業といった選択を試みる方に多いとされます。確かにそれは、「やりたいけど、やれないこと」かもしれません。

なぜなら、経済事情は死活問題であり、やりたい事よりも、やれることを選択するのが合理的であり妥当であると判断するからでしょう。

それがあなたの決めた判断であるなら、私も共感します。実際私もどちらかというと、「安定志向」です。

しかしそれは、できない理由ではなく「結果の不安」ではないでしょうか?

そうなってしまうかもという「結果」に不安を感じているのであり、できない理由ではありません。安定経済を築く方法は、実はまだまだあるかもしれません。

そのまだ知ることのない方法が本当の理由であるにもかかわらず、随分先の結果をあたかもできない理由と捉えてしまうのはなぜか?

人の自己概念を決定づけているのは全て、「過去の経験」を“ 原因 ” として捉えているから、はないだろうか?

できない理由が「過去の経験」であることが分かったところでそれは単なる「説明」で終わってしまいます。原因を探ったところで何の解決にもなっていないのです。

そこで、できない理由を「原因」として捉えるのではなく、「課題」として捉えてみてはどうだろうか?

例えば、「レストランを開業できないのは、資金が足りないから」という「原因」として捉えるのではなく、

「資金を集めるにはどうすればいいか?」という「課題」として考えます。

過去から現在までの経験を原因にするのではなく、今の状況をゼロベースとし、現在から未来に思考をシフトさせる。

すると不思議な事がおきます。人は、課題をこなそうとすると、その事に関する情報に敏感になり、自然と必要とする情報が入ってくる。

つまり、レストランを開業するための資金集めという課題、または、「目的」にすることで、

日本政策金融公庫からの融資、民間金融機関からの融資、起業支援制度の活用、クラウドファンディング、ベンチャーキャピタル・・・など、今まで知る由もなかった手段や方法の情報を得る事が可能となります。

ですが、あなたはもしかすると、「そんなことはわかっている!」と言い返すかもしれません。

そう言い返してしまう事が実は、これまで経験してきた過去を「原因」としてしまう認知バイアスがかかっているのですが・・・

それでは、なぜ、過去の経験を、できない理由にしてはいけないのかを解説します。

そもそも、過去の経験を「原因」としてとらえることが誤りだと思いませんか?

結論からいうと、「原因」として捉えてしまうと、それは過去の経験だけを伝とするが、「目的」や「課題」として捉えると、それは単なる「言い訳」に過ぎないことに気付くからです。

次の事例をみてみよう。

ある男の子は、外に外出することがほとんどなく家に引きこもりがちになってしまっている。

それは、過去にいじめられたことがある経験がトラウマとなり、結果として家に引きこもりがちになってしまった。

さて、この男の子の「引きこもり」が過去にあるとします。

その過去の経験を「原因」とした場合と、「課題(目的)」として場合の捉え方の違いを比べてみます。

【過去の経験を「原因」とした場合】

過去にいじめられたことがある経験が「原因」でトラウマとなり、「結果」として家に引きこもりがちになってしまった。

【過去の経験を「課題」とした場合】

家に引きこもるのは外に外出したくない「目的」のため、過去にいじめられた経験を理由(言い訳)にしている。

もう少し詳しく解釈してみましょう。

この男の子は外出できないのはいじめられた経験が「原因」ではなく、今現在外出したくない「目的」のために、過去にいじめられた経験を理由(言い訳)に意味づけをしているに過ぎない。という事です。

つまり、こういう事です。

現在(目的) → 過去(手段)

外出したくない「目的」が今現在あって、過去のいじめられた経験を、外出できない理由としての「手段」(言い訳)として使っている。

過去の経験を原因とすると、現在は過去に支配されてしまう。しかし、今起きている現在を目的ならば、過去の経験は意味づけしているにすぎない。

外出したくないその「目的」は、いじめられた経験を「言い訳」にしているにすぎない。という解釈です。

ネガティブな経験は未来の強いエネルギーになる

挫折、失敗、辛い経験など、普段とは違った経験が行動に影響を与えてしまうのは、矛盾という名のギャップを生み出すからです。

ネガティブな経験をする前は、プラスないし、ゼロの状態ですが、そこでこのたぐいの事象が起きると、マイナスの状態に位置させられてしまいます。

直前までの自分の状態、ないし自分の理想像とマイナスの現在地に矛盾という「ギャップ」、つまり「違和感」が生じる。

しかし、この矛盾というギャップ、違和感こそが大きなエネルギーを生むのです。

なぜなら、人間の脳は、ホメオタシス(生体恒常性作用)といって、違和感を嫌い、開いたギャップを穴埋めし、正常な状態へと戻ろうとする作用が働くからです。

だが、そのギャップ・違和感を過去の経験を「原因」としてしまうと、脳はあたかも過去の経験が正常だと支配されてしまう恐れがある。

つまり、脳に映る正常な姿を、あなたの理想とする未来像を意識しないといけない。

「正常な状態はこうあるべきだ!いや、こうあるのが正常だ!」という強い意識が。

そのためには、過去の経験を「課題」とし、あらゆる情報と手段を引きつけ常に、「理想の姿」へと近づくことを信じなくてはいけない。

すれば、脳のホメオタシス(生体恒常性作用)は、理想像が正常だと認識し、強いエネルギーを生み出すだろう。

過去の経験は「原因」ではない、今現在の「課題」だ。

本当は、人の心は矛盾も対立もなく、互いに補完し合うものなのかもしれません。

過去の経験に影響されてはいけない、未来に影響を与えよう。

過去の経験の「原因」の犠牲者になってはいけない、過去の経験が生みだした「目的」を武器に立ち向かう勇者(主人公)だ。

それでは最後に尋ねます。

あなたが今現在、「できそうだけど、できないこと」、「やめたいけど、やめれないこと」、「やりたいけど、やれないこと」は、何ですか?

それはどんな目的や課題ですか?さぁ、気づいたあなたの未来は今既に解禁された。