会社勤めの努力と副業の努力の違い

会社勤めの努力と副業の努力の違い

ここ数年で副業を始める人が増えているらしい。

政府の働き方改革の一環では、副業を促進しており、2018年は副業元年と呼ばれるようなった。

あなたの周りにも副業をしている人は、いるのではないだろうか?あなた自身が、副業をしている場合もあるかもしれません。

さて、その副業の結果はどうですか?

あなたが副業に取り組んでいるなら、求めている結果を掴めただろうか?

ほとんどの人が「NO」じゃないですかね?

そして、気づいているはずです。

「努力」というものがいかに大変かということが。

これまで会社勤めで稼いでこれたのは、ある意味努力してきたからだと思います。

しかし、副業で同じ努力をしても、同じ成果を得ることはできない。

つまり、会社勤めの努力と、副業での努力には大きな違いがあるということです。

今回は、その違いの一つとして、「自主性」と「主体性」について、簡単ではありますが執筆してみました。

報酬契約があるのとないのとの違い

副業をするということは、本業で疲れている身体に鞭を打って働かなければいけません。副業に必要な知識や、道具を揃えるために、お金も時間も使って、努力を続けなければいけない。しかし、どれだけがんばっても期待どおりの結果を得られずに、やめてしまう人がほどんどです。

副業と言っても、コンビニバイトなどの時間給や、クラウドソーシングなどの固定給での副業を選択したのであれば、さぼらない限りは8割以上の人が期待どおりの結果を残せています。

こういった副業は、成果や作業時間に対して報酬が得られるので、契約上の問題がなければ、雇い主の指示どおり行動をしていれば、最低賃金は確保できる。

しかし、ある種これらの仕事は、本業の延長線のようなもので、拘束時間をようするため、やはり誰もが望むことは、できる限り少ない時間でそれなりに稼げる方法を選択しようとする。

いわゆる稼げる仕組みをはじめに作ってしまって、あとはほぼ何もしなくてもお金が入ってくるだろうという仕組み。

ブログ、ユーチューブ、FXなど、時間給でもなく、出来高制でもない、報酬契約を結ぶことなく稼ぎ出すことができる副業です。

そして「副業で稼げない」という人のほとんどが、この報酬契約がない副業ではないですか?

ブログやユーチューブを更新して、広告収入を得ようとしたり、FX、せどりを副業として選択した人は報酬契約を結んで仕事をするわけではないので、費やした時間と報酬は当然ながら直結しない。

そして、これらで結果を残すには、往年のプロに負けないような仕組みや、知識、経験が必要になる。

「自主性」と「主体性」の違い

あなたは、「自主性」と「主体性」の違いってわかりますか?

多くの人は、主体性と自主性を混合しているかもしれないということ。

そして、その違いがわからなくては、努力しても一向に報われないという結果を生み出しやすい。

「自主性」を辞書で調べてみると「自分の判断で行動する態度」と記されている。

自分の判断で行動をするとは、やるべきことが、明確になっている状態で、他人に指示されなくても、自ら率先して、行動できることを表しています。

会社員であれば、出勤時間に合わせて、自分の判断で家を出る、ノルマを達成のために力を入れる、期日までに仕上げる、などが自主性。

副業をしている人であるならば、セミナーや書籍、動画で学んだことに対し、自ら判断して、行動することが自主性になる。

しかし、よく考えてみれば、大人であれば「自主性」は、身に付けていて当然ともいえるのではないでしょうか。厳しい言い方をするなら、社会人である以上、自主性がなければ、話にならない。

つまり、自主性に視点を向けても、それは、大人として、当たり前のことをやっているだけで、それを「努力」とはいいがたいものがある。

では、もう一方の「主体性」はどうか?

主体性を同じく辞書で調べてみると「自分の意志・判断によって、自ら責任をもって行動する態度や性質」と記されています。

これは、自ら責任をもって行動する態度や性質を意味しています。

何をやるか明確になっていない状態でも、責任を持って、自ら考えて、行動できることを表している。

会社員であれば、上司に指示されていなくても、会社のことを考えて、改善案を提案したり、指示されていなくても、職場が汚れていれば、率先して掃除をする行為が「主体性」になります。

副業をしている人であれば、セミナーとか、書籍、動画などで学んだことに対し、「なぜ?これをやるべきなんだろう?」「これを効率的にするためには、どうすればいいんだろう?」と、自ら責任を持って、思考、行動することが主体性になる。

つまり、自主性と主体性の違いは、やるべきことが明確になっているかどうかの違いがあるということです。

会社勤務は、すでにやるべきことが明確になっているため「自主性」を持って努力をすればそれなりの評価は下される。

しかし、副業となると、やるべきことが明確でないため、なにをどうすればいいのか、効率的なのは何か、など自ら責任をもって、やるべきことを明確にし行動する自分独自の手段を構築させる性質があるかないかをひつようとする。つまり、「主体性」の能力だ。

会社勤めの「順応」と副業の「努力」

会社勤めの努力と、副業の努力の違いは、この自主性と主体性の違いが成果の違いとなっているようです。

自分で考えて行動したものが、正しい努力になる。他人に言われて起こした行動は、間違った努力になる。ここでは、分かりやすく間違った努力と表現しているが、そもそも、これは努力ではない。多くの人が、他人に言われて、起こした行動も努力と勘違いしているだけであって、これは努力ではなく、「順応」と表現することができる。

順応とは環境の変化に従ってそれに合うように行動を変わることです。つまり、他人に言われて、行動しているということは、環境や境遇の変化に従って、行動をそれに合うように変えているだけということ。

努力しても報われないと嘆いている人の多くは、本人は一生懸命努力しているつもりでも、他人の指示どおりに動いて、順応しているだけなっている場合が多い。

他人に言われて行動を続けても、あなたの未来に繋がる結果にはならない。努力とは、ある目的のために力を尽くして励む事で、努力をしたのであれば、誰であっても結果を求めている。

しかし、その結果が期待に背いてしまうのであれば、それは正しい努力とは言い難いのではないだろうか。

そもそも、努力とは、あなたの未来のために存在する。それを、他人に言われて起こした行動で、あなたの求める未来が掴めるはずがない。

要は、他人から指示されたことではなく、自分で考えて、行動をしたものから学び、その学びを結果に繋げてい必要がある。

他人に教えられたことを、そのままストレートにやるのではなく、他人から教えてもらったことを、咀嚼した上で、自分の行動に落とし込んだものの方が、明らかに結果が出ている。

これは他人の意見を、何も考えずに活用するのではなく、自分の土俵で活用できるように、情報を咀嚼した上で、計画を立てているということ。

会社員も同じだ。上司に言われるがまま、仕事をしていれば、昇進できるわけではない。あなたが、部下を指示する立場であれば、指示待ちしかできない部下に、大事な仕事を任せたいとは思わないでしょう。

仕事であっても、趣味であっても、大切なのは、他者から得た学びを咀嚼して、自分の立場、ステージに置き換えた上で、行動に落とし込むことだ。指示に従うことしか脳がなければ、その行動は報われない。ということなのです。