ハードルを上げる事と下げる事の2つのアプローチで「飽きる」を克服する方法

ハードルを上げる事と下げる事の2つのアプローチで「飽きる」を克服する方法

誰でも経験あると思います。「なんだかつまらないなぁ~」「だんだん面倒になってきた・・・」

始めた頃はやる気満々で、楽しさも感じていたのに、毎日毎日同じことを繰り返しているうちにいつのまにか訪れる「飽きる」という感情。

続けることは大事だとわかっているが、どうにもならないのが「飽きてしまう」、という問題点ではないでしょうか?

次第につまらなくなってしまうと「もっと楽しいことがしたい」「(別のちがうことを)やってみたい」と思うようになるものです。

しかし、楽しい事や刺激的な事もエスカレートしてくると、場合によってはそれだけの時間と「お金」がかかる事もあります。

「飽きてしまう」は、なぜ起きるのか?なにか特別な過ちや嫌な事をしたわけでもなく、気づいてしまった訳でもない。何の変哲もない、ごく普通のことに「飽き」が生じるのはどうしてなのでしょうか?

これはずばり、人間の「慣れ」が起こす現象です。慣れて刺激を感じとりにくくなってしまっただけなのです。

習慣化できない大敵「慣れ」の落とし穴

飽きてつまらなくなってしまう原因が、「慣れ」だとしても決して慣れる事が悪ではありません。

慣れることによってもたらされるメリットの一つに、「行動の効率化」が挙げられます。

例えば、入社したばかりの新人時代、作業のやり方も流れもつかめず、いつのまにか1日が終わってしまったという経験はあるでしょう。

日を追うごとに慣れてくると、もっと要領よくしようと考え、作業の効率化が芽生えてくる。

「慣れる」ということは、経験を積み習熟してくるということで時間短縮になり、生産性を高めるうえでも決して悪いことではありません。

ですが、そこに「落とし穴」もあります。「慣れ」によって生じる最大のデメリットは、「飽きる」こと。

職場での仕事で例えると、入社したばかりの新人時代は、ワクワクしたり緊張したりと慣れないうちは毎日が刺激的です。

だが、大抵の仕事内容というものは、9割以上がルーチンワークです。毎日毎日同じことの繰り返しは、やがて飽きてしまい、つまらなくなってしまうもの。

人は、難しいことやしんどいこと、不慣れな環境下でさえ次第に慣れる適応力があり、強く生きる能力がプログラムされている。

一方、楽しい事やおもしろいことも「飽きてしまう」ことがあります。

やっかいな事に、難しいことに慣れるまでかかる時間よりも、楽しいことに慣れるしまう時間の方が圧倒的に早い。

つまり、楽しいことは慣れが早いため、「すぐに飽きてしまう」という事です。

いろんなことに挑戦しても結局続かなくなってしまったのは、楽しかったはずのことなのに、すぐに慣れてつまらなくなってしまうから。

習慣化に失敗する原因は「飽きてしまう」ことでもあるのです。

行動のハードルを少しだけ上げてみる

慣れが原因で飽きてしまうのであれば、「慣れを防ぐための工夫」が必要です。

その一つの手段として、「少しだけハードルを上げる」方法があります。

「楽しいことに慣れてしまう」というのは、それに対する楽しさ、つまり「喜びを感じにくくなったから」です。

喜びを感じにくくなるのは、それがいとも「簡単にできてしまうこと」が起因となっています。

人が喜びを感じるのは「手に入れ難いものだから」です。頑張って乗り越えた結果ようやく手に入ったものだから有難いと感じるもの。

ですから、自分が頑張ったから手に入れることができるという感覚をつくることがポイント。何かを乗り越えた結果手に入るものと決めておくだけで、その喜びに慣れにくくなるのです。

ハードルを上げるといってもいきなり難易度が高すぎるのはNGです。ポイントは「これならいけそう」です。

「いけそう感」というのは、意外にもポシティブな感情を生み出す魔法の言葉なのです。

「自己効力感」を引出し飽きるを防ごう

さて、慣れることで飽きてしまうのを防ぐための方法に、「これならいけそう」レベルにハードルを上げましょう。とお話をしました。

なぜ、「いけそう感」という感情が行動を促す効果を持つのでしょうか。

それは、自信につながる「自己効力感」を高めるからです。

自己効力感という言葉は心理学で用いられる専門用語なのでとっつきにくく、なんとなく難しそうに思われたかもしれません。

自己効力感とは、「自分にはこれだったらここまでできるんじゃないか」「やればできる」「なんとかできそう」と思う気持ちのことです。

一般的に言われている「自信」をつけるためのプラスの感情だと認識してもらえればいいでしょう。

つまりは、自己効力感が高ければ自分に自信を持つことができ、それが行動力の源泉となるのです。

「感謝」のハードルを下げることは大切です

「飽きる」というのは、「慣れ」が引き起こす現象です。ですが、自分自身が感動したり、ありがたいと思ったり、充実を感じたりする「感情の水準」が上がってしまっている事もあります。

毎日必ず何かしらの変化があり、同じ日はありません。少しの変化に気付いていないだけなのです。

それはつまり、ささいなことに「感謝する」ことを忘れかけてしまっているのかもしれません。普通な毎日が当たり前となり、感謝という感情の感受性が鈍ってはいないでしょうか?

日常に飽き飽きして「非日常」を求め、旅行に行ったり、自分探しの旅にでたり、異業種の人にあったりなど、特別なことをしようと多くの人は考えます。

もちろん、これらの事は刺激を受ける事ができ、メリットもあります。ですが、物事の捉え方一つで、平凡な毎日は、求めている「非日常」の連続なのです。

平家物語の冒頭に、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」という有名な言葉があります。

祇園精舎の鐘の音と言うのはどんな人間・物事も永遠には続かない、そんなこの世の無常を感じさせるものだな」という意味です。

今この瞬間でさえも常に変化しているということ。

「飽きる」という感情は、決して外的要因ではなく、あなたの感受性。捉え方次第です。

その感受性を高めるための方法に、「感謝のハードルを下げる」というのはどうでしょうか?

「生きていることに感謝」「住む家がある事に感謝」という事も大切なことですが、もっと身近な日常のことの方がいいとは思います。

例えば、「今日も事故をしないでよかった」「今日も晩御飯はおいしかった」「今日も家族と会話ができた」「今日もありがとうが言えた」など、日常のなかの非日常をみつけること。

それには、あなたの感謝のハードル水準を少しだけ下げてみることです。

不思議な事に、感謝のハードルを下げると、マンネリ化した毎日の中に、思わぬ発見が見つかりやすくなります。

飽きてしまいかけた習慣も、捉え方によっては毎回新鮮味を感じとれるようになるかもしれません。